はじめに


先年、月花草さま宅に、拙作「Precious 誕生日のおくりもの」をもらっていただきました。

以下は、その続編になります。
本当は「僕が遊んであげる」の台詞を書きたいゆえのお話だったはずなのですが。
・・・・・・どんどんどんどん膨らんじゃって、差し上げものだけでは収まらず(苦笑)
結局自分ちで続けることとあいなりました。
月花草さん、こちらに続けさせていただくこと、ご了解くださってどうもありがとうございました。






Precious ―スクールデイズ 10―




粛々と、日々は流れる。
夏の気配はすっかり影を潜め季節は秋に移った十月の末、翌日はいよいよ学園祭という日の夜、 自室にひそやかなノックの音が聞えた。
この家にいるのは自分と高耶だけ。ならばノックの主は高耶本人でしかありえないが、 ついさっき、おやすみの挨拶をして部屋に引き上げたばかりなのに。 なにか言い忘れたことでもあったのだろうか。
「? どうぞ。開いてますよ」
言わずもがなの応えを返して、彼を待った。
静かにドアが開いてするりと高耶が滑り込む。 そして後ろ手にドアを閉めそのままそこに佇むのを、呆然として見つめた。

照明を受けて上品な光沢を放つ漆黒のベルベット。
その上に重ねられた優雅なドレープを描くローン地のエプロン。
膝丈のワンピースからはなめらかな素足がのぞいて、踝までのソックスに続く。
その白の靴下にも揃いのレース飾りがあしらわれていて、共布らしい黒い室内履きによく映えていた。
まじまじと足元まで走らせた視線を、今度は少しずつ上にあげていく。
純白のサテンの小さな襟。 そこからすっきり伸びる細い首筋。頤。
桜色に頬を上気させ視線をあわせずそっぽを向いている斜め横顔。
紛れもないメイドの格好をした高耶と、たった数メートルの距離を隔てて対峙している。

夢想が具現化したような、現実離れした不思議な感覚。

人形のように可愛らしいし、とてもよく似合っていると、 喉もとまで出かけた言葉をあやういところで飲み込んだ。
紛れもなく賞賛だけれど、はたして高耶自身がそう受け取ってくれるのかどうかを量りかねて。
下手に褒めちぎって、それで彼のプライドを傷つけたりでもしたら大変だ。元々、彼はメイド姿には抵抗があったはずだから。

そんな逡巡が目まぐるしく頭をよぎる、息詰まるような数秒間の沈黙。
何も言えないでいるうちに、やがて高耶がふっと肩をおとした。
「……やっぱり、ヘン?おかしいかな。このカッコ……」
不安そうなその声に、慌てて直江が首を振る。
「そんなことありません!!とてもよく似合ってますっ!」
思わず断言してしまってから、おそるおそると訊いてみる。
「お世辞でもなんでもなくて。心から私はそう思うんですけど。 でも高耶さんは?女の子の格好を褒められて厭な気になったりしない?……平気、ですか?私がこんなふうに思っても」
いつになく気弱な直江に、逆に驚いたように眼を瞠って高耶は小さくかぶりを振った。
「そんなこと、ないけど…。直江が気に入ってくれたならそれでいいんだ。 やっぱりさ、一番最初は直江に見てもらいたかったっていうか、その、度胸試しっていうか。 試着の時ねーさんは褒めてくれたけど。でもあてになんないし。なあ、正直なとこ、ほんとにこのカッコおかしくない?明日の学祭でお客さん呼べると思う?」
矢継ぎ早の問いかけは、きっと、彼も心細くてたまらないから。一歩を踏み出すきっかけを欲しがってる。
「……笑われたり、しないかな……?」
そう、口ごもる姿がやけに儚げで。縋るように見つめてくるのに、そっと手招きをした。
素直に寄って傍らに立つ高耶の手を両の掌で包みこむ。
彼が望むのなら。 彼の進む方向へ背中を押すのが自分の役目だ。
白いカフスに包まれたその手を押しいただくみたいにして、彼を見上げた。
「笑うどころか。きっとみんな見惚れて絶句しますよ。さっきの私みたいに。だから高耶さんはただ胸を張っていればいい。いつも通りに」
「ほんと?ほんとにそれでオッケー?」
小鳥みたいに首を傾げるのに、さらに重ねて頷いた。
「悔しいけれど、門脇さんの見立ては最高ですね。本音を言うとこんな姿は誰にも見せてほしくない。できるなら、このまま閉じ込めてしまいたいぐらいだ」
冗談めかして声を潜めると、とたんに高耶は顔を顰める。
「直江、それはヤバイって。かなりな変態みたいな台詞だよ?」
「それぐらい高耶さんが魅力的だってことです。それに、明日は母や姉と一緒だから。今のうちに言いたいことを伝えておかないと。 あのふたりときたら、私の十倍喋るんですから。あしたになったら私が割り込む余地なんて残らないに決まってます」
違いないと、くすくすと高耶が笑う。
屈託の消えたその表情に、直江もつられるように微笑した。
「覚悟しててくださいね。あなたのこんな姿を観たら、あの姉は絶叫するに決まってますから。 その声だけでもきっと野次馬が集まりますよ?」
「うん。心の準備をしておくよ。じゃ、おやすみなさい」
まだ直江に握られていた手をするりと解いて高耶が離れる。
「おやすみなさい。それと、ありがとう」
「?」
振り返りながらきょとんとするのに笑いかける。
「一番最初に見せてくれて、ありがとう。おかげで私も心の準備ができました。明日は姉にどやされないですみそうです」
それに応えるのは花のような笑み。無言のままひらひらと振られる手。

ドアが閉まった後も、直江はしばらく幸福な残像に酔いしれていた。








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なにやってんだか…の前夜のふたり。
ああ、私もなにやってんだか…(ーー;)







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