先年、月花草さま宅に、拙作「Precious 誕生日のおくりもの」をもらっていただきました。
以下は、その続編になります。
本当は「僕が遊んであげる」の台詞を書きたいゆえのお話だったはずなのですが。
・・・・・・どんどんどんどん膨らんじゃって、差し上げものだけでは収まらず(苦笑)
結局自分ちで続けることとあいなりました。
月花草さん、こちらに続けさせていただくこと、ご了解くださってどうもありがとうございました。
Precious ―ターン 1―
その日は定期考査の最終日だった。 この山を越えればあとは冬休みを待つばかり。 クリスマスやらお正月やら楽しいイベントが盛りだくさんで待っている。だからこそ浮かれず騒がず、性根を据えて取り組むように――― とはクラス担任の受け売りだそうだが、そんな教師の発破がなくても、高耶は毎回、生真面目に試験に取り組むのが常だった。 食事の仕度の合間にも単語カードを手放さない。かといって、その質を落すわけでもない。 準備も含めた数週間は直江も家事の分担量を増やしたりにわか家庭教師になったりはするのだが、 それ以上に高耶自身が努力を惜しないのだ。 そんな彼を慰労したくて、試験のおわった日には少々気張ったご馳走を食べに行く。 ここ半年の同居のうちにそんな習慣も出来て、いつだって高耶を喜ばせたい直江は、 あちらのレストラン、こちらの小料理屋と評判のいい店へ連れ出すことを楽しみにしていた。 もちろん育ち盛りの高耶だって美味しいものを食べることに否やはない。 おまけに研究熱心な彼のこと、外食をした数日後には店で食べたものとよく似たものをこしらえあげて食卓のレパートリーを増やしたりする。 なんの不満も不足もない日々。直江にとってはまさに順風満帆の高耶との生活だった。 その日も、そんな日々の延長になるはずだった。 試験は昼前には終ると、高耶は言っていた。 だから今日は、直江の帰りにあわせて駅で待ち合わせ、そのまま食事に行こうと段取りをつけてある。 その待ち合わせを何時にするか、詳しい時間を彼に知らせる必要があって、 直江は何度か高耶の携帯にメールをいれた。 その返信が、返ってこなかった。 一緒に暮らしていても、というよりは一緒に暮らしているからというべきか、高耶と直江はわりとこまめにメールのやり取りをする。 晩御飯のおかずとか、帰りの時間とか、あるいはついでの買い物とか。 たいして急ぐ必要もない他愛もない事柄で、それでかえって携帯をいじれる相手のおよその空き時間が解ったりする。 高耶の場合は昼休みと放課後。 もしも午前中で試験が終るのだとしたら、高耶はもっと早くに返事をくれるのではないか? 短く端的な、けれど心躍らせるような言葉で。 そんなことを考えて、そわそわしながら過ごした昼休みはついに着信のないままに終ってしまい、直江は拍子抜けする思いで午後の就業についた。 三時も回った休憩時、幾ら待ってもこない返事に痺れを切らして直接掛けた。 が、圏外だという無機質の応えがあるばかり。 なぜだか、胸騒ぎがした。 テストの終った開放感で、友達とどこかに遊びに繰り出したのかもしれない。 場所によっては圏外にもなるだろうし、エチケットとして携帯の電源を切ることだってあるだろう。 考えすぎだ。過保護にすぎると、心のどこかでたしなめる声がないわけではなかったけれど。 どうにも気になって、譲に掛けてみることにした。 いっそ彼にも通じなかったら、彼も高耶と一緒なのだと納得もできる。 が、コール数回で譲は出て、しどろもどろに用件を切り出す直江に告げた。 『高耶?学校で別れてそれきりです。そういえば先輩に呼び出されたようなこと言ってたけど。 夕方から直江さんと食事に行くんですよね?そりゃ嬉しそうに話してたから、今頃はうちに帰っているんじゃないかな?携帯通じないんですか?おかしいな〜?』 訝しげな相手の声を遮るように礼を言って、通話を切った。 家になら、すでに何度か掛けた。そのたびに応答したのは留守電の自分の声だ。 不安はますます募っていった。 まさか、事故? 真っ先に連想がいってすぐに首を振った。 病院や警察を巻き込むような事態なら、学校にも自分にもすぐに連絡がくるはずだから、少なくとも、その可能性は薄い。 ならば、一度彼の学校に行ってそこから帰り道を辿ってみようか。 それとも待ち合わせの駅に行ってみるか。 あれこれ逡巡したあげく、直江は一度家に戻ることにした。 電話に出ない以上、高耶が先に帰宅しているという確証は何もないけれど。 彼が一番安心できる場所はあの家だから。何かあったとしても真っ先にそこを目指すはずだ。 そんな直感があった。 その判断が正しいのかどうかは解らない。 それでも逸る心のままに道を急いだ。 試みにエントランスでインターフォンを鳴らす。 応答はない。 不安と諦めとないまぜになりながら、自分でオートロックを解除すると、駆け出さんばかりにして家に向かった。 「高耶さんっ!いるんですか?」 玄関に飛び込み誰何すると同時に、脱ぎ捨てられた高耶のスニーカーが眼に入る。 よかった。彼は戻ってきている。 ほっと安堵していいはずなのに、直江は膨れ上がる疑念に押し潰されそうになる。 高耶は直江の呼びかけにも出てこない。それは充分非常事態を意味していた。 足音を潜めて家に上がった。 リビング手前の高耶の自室。そのドアをノックしてそろそろを開けた。 さして広くはない室内、ベッドに背を持たせかけて高耶が蹲っていた。 足を庇うように丸め、泥に汚れて。 打ちひしがれたようなその姿に、ただ立ちすくんだ。 |