先年、月花草さま宅に、拙作「Precious 誕生日のおくりもの」をもらっていただきました。
以下は、その続編になります。
本当は「僕が遊んであげる」の台詞を書きたいゆえのお話だったはずなのですが。
・・・・・・どんどんどんどん膨らんじゃって、差し上げものだけでは収まらず(苦笑)
結局自分ちで続けることとあいなりました。
月花草さん、こちらに続けさせていただくこと、ご了解くださってどうもありがとうございました。
Precious ―ターン 2―
「……高耶さん……?」 その場に突っ立ったまま、掠れた声で囁くのが精一杯だった。 ようやく塒に逃げ込んで息を潜めて隠れている、傷つき怯えきった動物のような彼の姿を目にしては。 膝の間に伏せられてた顔をのろのろとあげ、ガラス玉みたいに虚ろな瞳を、高耶は、直江に向けた。 その痛ましさに息を呑む。だがそれも一瞬のこと、 自分の姿を認めて、その瞳にさまざまな感情の色がよぎるのを、確かに直江は見たと思った。 驚愕。焦燥。安堵。狼狽。 「直江…?」 目に映るものが信じられないようにうわずった調子で自分の名を呼ぶ、その唇がかすかに戦慄くのも。 「いったいどうしました?連絡がつかないから心配しましたよ」 詰問調にならないよう、穏やかに問い掛ける。同時に静かに近づいて、 高耶の前に膝をついた。 「ごめん……。ちょっとドジって転んじゃって。 そのときに携帯落としちゃったみたいなんだ。そのときはなんともなかったんだけど。 うちに帰って安心したら、なんか急に捻ったとこが痛くなって……電話が鳴ってたの聞こえてたんだけど、リビングまで行けなかった…」 だから、ごめん、と。 目線が近くなった直江に、堰を切ったような早口で話しだす。まるで、覗き込まれるのを避けるみたいに視線を揺らして。 おそらくはもっと複雑な事情があるのだろうと、直江は察した。でも、高耶はそれを語りたくないのだ。すくなくとも、今は。 それ以上無理に問い詰めることはせず、挫いたという足首に注意を向けた。 靴下越しにも解るほど、踝が腫れて熱をもっていた。 それでいて高耶の身体はおそろしく冷たい。暖房も入れない部屋でどれだけこうしていたのだろう? 「挫いたのは何時ごろ?」 「……一時前……ぐらい」 さりげなく訊いて、返った応えに顔を覆いたくなった。もう四時間も経っている。 「すぐに病院に行きましょう。ちょっとだけ待っていて」 保険証を用意し、お湯で絞ったタオルで顔や手にこびりついていた泥汚れを拭ってやる。 生々しい擦り傷があらわれて、またもや 眉をひそめる直江に、転んだ場所がコンクリートの段差だったのだと、ぼそぼそと高耶が言い訳した。 バランスを崩して頭から突っ込んで、それを庇おうと手をついて、気が付いたら足を妙な具合に捻っていたと。 「とにかく、詳しいことは病院の先生に。さ、行きましょう」 有無を言わさず高耶に覆いかぶさった。 「な、なおえっ?!」 全身を強張らせ、眼を見開いて悲鳴じみた声をあげるその過剰な反応に苦笑する。 「自分で歩くのは無理でしょう?車まで抱えていきますから、高耶さんもしっかり掴まっていて」 背中に腕を回し、もう片腕を膝の下に差し入れて、高耶の身体を抱き起こす。 自由になる彼の腕が慌てたように首に回された。 そろそろと抱き上げた。 最初、マネキンみたいにぎこちなく固まっていた高耶だったが、そうして直江に運ばれるうちに観念したのだろう、余分な力を抜いてくたりともたれかかってくる。 すべてを預けたといわんばかりの態度に微笑を零して、直江は駐車場へと急いだ。 向かった先は車で十分ほどの整形外科。 掛かりつけというわけではないが、日頃、通りすがりに見るともなく目にしていた診療案内によれば、まだ充分に診療時間内のはずだった。 医師の下した診断は、全治三週間の腓骨亀裂骨折だった。 必要な処置を施され、痛み止めを処方される。 思いがけない事態に茫然自失の高耶に代わって、直江が安静期間や療養の諸注意、数日後の再診予約を確認する。 歩行の介助に松葉杖も用意されたが、直江は流れるように自然な仕草で彼の身体を抱き上げ、呆気に取られている医師と看護婦に会釈をして診察室を後にした。 待合室には、まだ数人の患者が残っていた。 リハビリのための通院でそれぞれ顔馴染みでもあるらしい彼らの談笑が、診察室から出てくる人影に気づいて、ぴたりと止まる。 片足にギプスをした学生服の少年と、その少年を大事な宝物のように抱きかかえている端整な顔立ちの長身の青年。 人前ではさすがに照れ臭いのだろう、その少年は俯きがちに顔を隠していたけれど、 自分をかかえる相手を信頼しきっているように、その腕の中、おとなしく身体を預けている。 一方の青年も、溢れんばかりの慈愛の まなざしでそんな少年を見つめている。 まるで聖童と彼を守護する天使のよう―――宗教画から抜け出してきたようなふたりだと、その場の誰もが息を呑んだ。 静まり返った一種異様な雰囲気に臆する風もなく、青年は淡々と会計を済ませ、薬を受け取る。 そして、転がるようにして飛び出してきたスタッフのひとりが車まで送ろうと申し出た厚意を、にこやかに、けれど当たり前のようにして受け入た。 カランと、ドアチャイムが響いて扉が閉ざされる。 それを合図にして、 静寂に包まれていた待合室に、再び、夢から醒めたようなざわめきが戻った。 |