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呼び出されて赴いたのは何の変哲もないビルの一角だった。 堅実な商いが定評の、中堅どころにランクされるとある商社のこじんまりとした本社家屋。 受付に来意を告げ、エレベーターに乗り、殺風景なフロアを抜けて、指定された応接室へと向かう。 人気はなくとも、そこかしこに監視の目はひかっていること、長い廊下を歩くうちに衣服はおろか体内まで透視されかねない厳重なチェックを受けていることを、男はすでにわきまえている。 だから、目指すドアをノックした時、内部からの応えが型通りの秘書の応答でなく、自分を呼び寄せた当人でのものあったことが少しばかり意外だった。
「手ずから淹れてくださるとは畏れ入ります。色部さん。ご無沙汰しておりました」 「なに、数少ない道楽だ。君が恐縮することはない。今度来た秘書は本分の業務にはえらく有能なんだが、どうもこういうものを任せるのにはいささか心もとなくてな。彼女にはちょっと使いに出てもらったんだ」
視線はカップに向けたまま、片手だけをひらひらと上下させるのはどうやら座れという合図らしい。 「前の彼女は?以前、なかなか筋がいいと誉めていらしたでしょう?その彼女はどうしました?」 ため息をついて色部は言った。 「他所の部署に引き抜かれてしまったよ……。やっと、美味い珈琲を呑めると思っとったんだが…」 また振り出しからだとぼやきながら、直江の待つテーブルまでソーサーを両手に移動する。 「さ、冷めないうちに」 「いただきます」
へたに遠慮をしていては淹れたての価値は薄れていく。それが男を苛立たせるのを知っているから、軽く一礼だけをして、口に運んだ。
「うむ」 無言のまま珈琲を堪能した後、空になったカップをソーサーに戻して居ずまいを正す直江に対して、どこか色部は歯切れが悪かった。 「もう一杯如何かな?」 「……いただきます」
答える直江をソファに残し、色部は再びサイフォン用具の並んだサイドテーブルへと立ち戻る。 「最近ここで流れている噂なんだが……ついに君も恋人を持ったそうだな。下のフロアのおしゃべり雀たちが残念がっていたよ。あの冷血で知られた『橘義明』がついにおちた。とね」 「はあ」 曖昧に直江は言葉を濁す。相手の意図するところが読めずに。 「一緒に暮らしていると聞いた。その相手はかなり魅力的な青年だとか」 「……プライベートには立ち入らないのが、暗黙の了解だと思っていましたが?」
『魅力的』とはどこまでを指して言うのだろう?容姿か、その本性だろうか?なにげない言葉に反応して、直江は鳶色の瞳を眇めた。
「端的にいおう。直江。彼の身柄をこちらに譲り受けたい。君も一緒に」
若輩の自分に対して深々と頭を下げる。 |
・・・ずいぶん前から頭にはあったけど、でも、絶対書けないね…なんて思っていた
「プランツ」高耶さん(すいません。解る人だけ解ってください)のネタを、
ここで使うはめになるとは・・・(苦っ)
色部さん悪役風ですが、実はいいひとなんです。ほんとです。
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