まるで、燃えさかる炎のようだと思った。 陽炎めいて螺旋を描く細身の花弁、火花のごとく広がる雄蕊、灼熱の真紅と金緑。 内に秘めた熱情がそのまま色と容を成したような、美しく禍々しい、あの男のようだと。 たまには散策でもと、半ば強引に誘い出された邸内の温室で、 色とりどりに鮮やかな花の咲き乱れる中、何故かその赤だけが目に飛び込んできた。 「お気に召しましたか?」 背後から、潜めた声で囁かれる。 耳朶を舐められでもするような感覚に、身体がひくりと反応した。 男の体温。吐息。何気ない些細な接触で肌がざわめき、熱を帯びる。息があがるのを押えられない。 夜毎に嬲られているこの身は、すでに男に隷属しているのだ。 それでも。 そんな自分の変容をまだ認めたくはない。 奥歯を噛みしめて、必死に衝動をやりすごす。 だが、直江はことさらに高耶に寄り添い、肩に手を添えて話し続けた。 傍目には、まったく非の打ち所のない紳士然とした態度で。歳若い被護者に親しみを込めて接するように。 「……あの鉢は殿下からの下賜品です。私に育ててみるようにとおっしゃられて。 南方から献上された品種で、花が美しいのはもちろんですが、少々変わった薬効があるそうです。 ……どうしました?顔色が悪いですよ?」 自分が側にいることで高耶に強いる緊張を百も承知で、あえて訊ねてくる。 罵りたいのをこらえて退出を求める言葉を紡いだ。男の思い描く様式に則るように、この場に相応しい台詞を。 「……少し気分が……。あの、失礼しても?」 「もちろん。晩餐まではまだ間がある。暫く休んで夜にはまた元気な顔を見せてください」 優しい微笑、いたわる口調。が、言外に含ませたあからさまなその意味。男は総てを見透かして愉しんでいる。 自分を見つめる執拗な視線を背中に感じながら、その場を離れた。震えそうになる足取りを叱咤し、ともすれば駆け出しそうになるのを意志の力で押さえ込んで。 晩餐の席に男の姿はなかった。 代わりのように温室の花が届けられた。自室と―――そして寝室に。 寝台の傍、豪奢に活けられたその花瓶を目にして高耶は首を傾げる。 確か、王から賜った、と、いってはいなかったか? そんな畏れ多いものを、一枝二枝ならまだしも、これほど大量に切り取り私的に飾らせるなんて、いったい何を考えているのだろう? 不審を募らせながら、それでも間近にある真紅の花々はやはり美しかった。 部屋に届けられたのは瀟洒な一輪挿しで、その独特の形と花茎の細さが儚げな風情を漂わせていたけれど、 こうして群れるさまを見ればやはり華やかさが先にたつ。 緑陰に幾つもの篝火が焚かれているよう。 花弁の一片ひとひらが揺らめく炎に似て、見つめていると魂まで吸い込まれそうな気がする。 そうして花に見惚れ続けてどれだけ経ったのか、響き渡るノックの音が高耶を現実に引き戻した。 大きく開け放たれたドアに背中を預け腕組みをして、直江がいた。 主人の帰還にいつまでも気づかぬ高耶に業を煮やした様子が、その秀麗な貌に浮ぶ表情に見て取れた。 「そこまで愛でてくださるのは嬉しいですが、私のことも忘れないでくださいね」 そう、たしなめられて赤くなる。 直江は、夜会服のままだった。 おそらくは、着替える前に少しばかり窺うだけのつもりだったのだろう、 だが、予想以上に花に魅入られた高耶が癇に障ったのか、直江はすぐさま次の行動に移った。 そのまま寝台に乗り上げて上着を落とし、襟を緩める。 「こちらへ」 腰のサッシュを引き抜きながら、くいくいっと指先だけで高耶を誘った。 「……服が…」 しわになってしまうと、言いかけた言葉は途中で邪険に遮られる。 「すぐに始末しますよ。それより、手を出して」 おとなしく差し出された手首に黒繻子の布地を巻きつけ、その端を寝台の頭柱に繋いだ。 「な、に?!」 「大丈夫。痛い思いはさせないから心配しないで。すこしの間あなたの手がおいたをしないようにしておきたいんです」 そう言いながら、直江は見事な手際で残る片腕も反対側の柱に括っていく。 たちまち高耶は仰向けのまま、上体を寝台に磔られた格好になった。 この男は、嘘は言わない。だから、本当に身体を痛めつける真似はしないだろう。 そうは理解していても、自由を奪われたことが本能的な恐怖を呼ぶ。 いったい何をされるのかと、怯えた目で男を追うのを止められない。 そんな高耶の視線を無視して、直江は、投げ出した上着を拾い上げると、隠しから平たい容器を取り出した。 そして無造作に夜着の裾を捲りあげると、 固い練り香のようなその中味を高耶の性器になすりつけ、大きく抉り取った香油の塊を後ろの窄まりに押し込んだ。 「っ!」 冷たい感触にのどが引きつる。 が、それ以上は進まず再び下肢を絹地で隠すと、男は寝台のすぐ脇、椅子を引き据えて陣取った。 男の意図がつかめずに、視線を流してそっと窺う。 逆しまに椅子に跨り背もたれに腕を預けた寛いだ姿勢で、直江は高耶を見つめ、ひっそりと笑った。 「私が触れるのはあなたには不本意のようだから。今夜はここでこのまま見ていてあげる」 昼間のことを揶揄されているのだと思い至るのに、数瞬の間。 やはり、感づかれていた―――。かっと頬に朱が上って、思わず顔を背けた。 確かに肉体は傷つけない。が、男は時折こんな風に言葉のナイフを閃かせる。 そうして浮ぶ羞恥や怯えや煩悶を愉しんでいる。 おそらくは、今も。 不意に、憶えのある情動が湧き上がってきて、高耶ははっと目を瞠った。 先ほど何かを塗り込められた場所が熱を持ってきている。 熱ともうひとつ、じりじりとした疼きが。外と内から。 愕然として、男を振り返った。 「ああ、効いてきましたか?」 こともなげに直江が言った。種明かしをするように。 「変わった薬効があると言ったでしょう?この花の根茎には特殊な成分が含まれているんです」 「まさか……さっきの……」 事態を察して青ざめる高耶に柔らかく微笑んだ。 「そう。その粉末を膏に練りこんだ媚薬ですよ。物堅い貞淑なレディがどこまで奔放になるものか、 効果のほどを殿下が知りたがりましてね。試すようにと私に賜ったんです。でも、ねえ……」 くっくっと、直江が猫のように喉で笑う。舌なめずりをせんばかりに。 「いくら主君の命とはいえ、今さら青いだけの令嬢を口説くのは真っ平なのでね。あなたは処女というわけではないけれど、ガードの固さは淑女以上だ。そのあなたがどんな風に変わるのか、私もすごく楽しみですよ」 約束通り私は指一本触れませんから。そう嘯いて直江は組んだ両手に頤を乗せる。 傍観を決め込む仕草に、目の前が暗くなった。 |