まなうらに火花が踊る。 暗闇のなか、幾筋もの朱金の陽炎が揺らめく。 余人には窺えぬその幻影と同じリズムを刻んで、寝台の上、磔られた高耶の腰が妖しげに蠢いている。 纏っていた衣は崩れてわずかに腕に絡むばかり、隠されていたはずの下肢はとうに剥き出しになって夜気に曝されていた。 勃ちあがり蜜を孕んで反り返る雄。 忙しなく擦りあわせまた大きく開かれる膝頭。 引き攣る内腿。意思あるごとくに縮む足指。 時折、背筋が跳ねてしなっては また落とされ、もどかしげに擦りつけられる臀がシーツに不揃いな楕円を描く。 どんなにもがいても、吐き出せずに篭る欲望。 もどかしさに、食いしばった口から嗚咽が零れ出る。 「……くふっ……んんっ…んっ」 自分のものではないようなあまったるい響きが、情感をさらに淫靡に煽り立てた。 涙が滲む。もう視界が定まらない。 朦朧として、それでも滾る熱に支配された身体は刺激を求めて物欲しげに悶え続ける。 突然、腕の動きが自由になった。 潮時と判断したか、枕もとに回った男が柱の戒めを解いたのだ。 黒い布地を引きずって、高耶の手が広げた脚の間に伸びた。 限界まで焦らされていた昂ぶりは、ようやく与えられた直截な愛撫にたちまち弾ける。 「ぁぁぁ――――っ!」 かぼそい悲鳴とともに白濁が迸り、強張り続けていた身体がぐったりと弛緩した。 だが、その気だるい余韻に浸る暇もなく、すぐに次の衝動がやって来る。 一度きりではとても収まらない。薬と拘束によって練られ燻っていた体内の灼熱が、荒れ狂う奔流となって 出口を求めている。 媚薬を塗り込められた性器は何度放っても衰えることを知らず、そしてもうひとつ、身体の奥処が熾き火のように疼きだす。 溶けて滲み出す香油のぬめりが、火の道のようだった。 熱が散らない。内部が、むず痒くてたまらない。 扱くだけではもう足らない。 唇を噛みしめて、そろそろと後庭に指を這わせた。 自分でそこを慰めるのは初めてだった。が、 得られる感触のよさに、すぐにその動きは大胆になる。 しゃがみ込んでは脚を開いて指を突き入れ、うつ伏せに腰を突き出しては埋めた指をぐるりと回した。 少しでも深く、少しでも奥に届くように。 浅く息を継ぎながら一心不乱に自慰に耽る高耶を、男は眼を細めて見つめている。 はだけた絹が薔薇色に染まった肢体に絡み、その手首には枷のように黒い縛めが残されている。 本能だけに従い始めた、ひとのカタチの美しい獣。 その獣は、己で己を苛みながらすすり泣いている。なだめてもなだめても、薬で高められた逃げ水のような絶頂に追いつけないでいるのだ。 「もう、指だけでは足りないんでしょう?」 ぱさりと軽い衝撃が走って、高耶の意識がそちらに向いた。 象嵌された珠の連なり。数本の節くれだった柄付の棒。そして、男根を象った緻密な張り形。 正気のときなら目を背けるような、淫猥な性具の数々がシーツに投げ出されていた。 虚ろな瞳で、ためらうことなく手を伸ばした。 内部の熱を、痛痒を散らしてくれるものならなんでもいい。舌を閃かせながら一気に挿入れる。 肉襞をこする鋭い快感に咽びながら、高耶は己を異物で犯し続けた。 「あっ…あっ…あぅ……」 間断なく抜き差しを繰り返しては快感点を抉る。 瞬間訪れる洩らしそうなほどの愉悦の大波に意識を委ねる。 だが、身体はすでにもっと高みを求めていて、なかなか思うような陶酔にはたどり着けない。 はじめはひんやりと心地よかった異物はすぐに生温くなり、新らたな刺激を欲して、 きまぐれな子どものように高耶は次々に玩具を換える。 最後に握りしめたのは木彫りの陽物。 ぴりりと痛みが走る横溢感に満足の吐息を漏らしたのも束の間、 すぐにそれも内部の熱に同化して物足りなくなる。 このままじゃ足りない。 半狂乱で前と後ろを弄りながら高耶は霞がかった思考を飛ばす。 もっと欲しい。この身を貫く熱いものが。 最初の日の、身を裂く苦痛をもたらした熱い凶悪な肉塊が、今はたまらなく恋しい。 あの、憎くて憎くて憎くて、そして愛しくてたまらない、冷たい炎のような男が。 のろりと高耶は身体を起した。 目指す影はすでに寝台の脇に佇んでいた。犬のように這ったまま頭をもたげて、わずかに膨らんだ男の股間にねつい視線を彷徨わせる。 「私が欲しいの?」 問い掛ける声はひどく優しげだった。 くんっと甘えた鼻声で高耶が鳴いた。 「今日のあなたは素直ですね。綺麗でしたよ、とても。淫らで、浅ましくて、最高にいやらしい一人遊戯でした」 紡がれるのは人格の尊厳を打ち砕く残酷な言葉。が、今の高耶はもうその意味を解さない。 穏やかな声音のリズムだけを耳に拾って、褒められでもしたように嬉しそうに喉を反らす。 その喉を長い指先が撫で上げる。それだけの愛撫で、高耶の貌にはうっとりと淫蕩な笑みが浮んだ。 「素晴らしい踊り子には花代をはずまないと。でも、最初に約束したしょう?今夜は私の方からあなたを慰めることはできないんです」 困ったような口調の変化に高耶が小首を傾げた。 「だからね、あなたが育てて、自分で挿れて。できる?」 幼子にするように、言って聞かせる。 その言葉を理解した、というよりは、前立をするりと撫でる掌と語尾をあげる口調とに感じるものがあったのだろう。 震える手がすぐさま衣服を寛げ、男のものを取り出した。 いっそ無邪気に見える仕草で頬ずりして、おもむろに口に含む。 そこから先は、身体が覚えこんでいる、慣れた奉仕だった。 口腔を蹂躙する怒張。 ぐんぐん逞しくなるものに、懸命に舌を絡め、吸い上げては唇で扱きあげる。 ずくんと、背筋に痺れが走った。 口を侵すものへの期待と予感で、勝手に性感が暴走しだす。高耶の片手が、こらえ切れぬように自身に這った。 その瞬間を狙いすまして、直江は、下の口から覗いていた玩具を衝き動かした。 予期せぬ動きに高耶の眼が見開いた。衝撃を逃そうとすれば、今度は喉奥を切っ先で衝かれる。 湧き上がるのは、上と下とを同時に犯される被虐の興奮。 待ち望んだ歓喜の波が渦を巻いて、一気に高みめがけて駆け上がる。 まなうらに火花が散る。飛び散る火の粉が軌跡を描く。 視界を白く染め上げて、今度こそ、高耶の意識は闇に沈んだ。 すでに限界を超えていた身体がずるりと崩れた。 最後まで彼に咥えられていた己の屹立も臨界を迎えていて、引き抜くと同時に迸る。 しとどに濡れた肢体に、とどめのように飛び散る精液。 荒く息を吐きながら、直江は、襤褸切れのように横たわる高耶を見下ろす。 淫らで浅ましくて可愛らしい、愛しい獣。 そんな本性を隠し持つくせに、決して人としての矜持を曲げず、靡くことを快しとしない、子面憎い、美しい人。 愛しくて愛しくて愛しくて、だからこそ無性にいたぶりたくなる。今夜のように。 高耶を堕とした花の毒は精神にも作用する。彼にもこの記憶は遺らない。 今夜の狂態は、一夜限りの幻。 この妖艶な婀娜花は自分だけのもの。 昏い笑みを直江は洩らして、高耶を抱き取る。 魔性の花の狂気が、静かに閨に満ちていった。 |