L'ESTRO ARMONICI

夢の途中 終章




そのまま穏やかに抱き合って、また、さまざまな寝物語をした。
直江の故郷には、短い夏のあいだだけ、一面の野ばらで埋もれる広い荒野があるのだという。

「ただし、私もまだこの目で見たわけではないんですけど」
苦笑しながら直江は言った。
「でも高耶さんと一緒にその風景を見てみたい……。初めてそんなふうに思いました……」
直江の故郷、正確には訪れたこともない自分の母の故郷のことを、懐かしむみたいに遠い眼をして直江は語った。
「父の屋敷に移ってからの母は、田舎育ちを恥じるみたいに口にしませんでしたが。でも娘時代を過ごしたそこに愛着はあったのでしょうね。亡くなる間際に言い遺しました。亡骸は故郷に埋めてほしいと」

きっと美しいひとだったのだろうな、と、秀麗な直江の横顔を見上げながら高耶は思う。
似たような境遇にありながら、自分の母とは正反対に見える生き方をそのひとは選んだ。おそらくは息子の将来のために。
そして自分の母もまた、自分たち兄妹の行く末を思う故に、北条の家を出たに違いないのだ。
それぞれの母たちが最善と思って用意した道を歩んだ自分たちは、似たような出自でいながら、やはりかけ離れた育ちをしたわけだけど。
その自分たちが、こうして惹かれあったことがおかしくて、高耶はくすくす笑い出す。

「高耶さん?」
そう問い掛ける直江の声もまた優しい。
「オレも見たいよ。おまえと一緒に、その野原を。いつか、きっと、行こうな」
「ええ……」


一面のばらの野は、さぞ夢のように美しく、芳しい香りに満ちていることだろう。
その地に立つ自分たちの姿を脳裡に巡らしながら、高耶は、小さく欠伸をかみ殺す。

今は、まだ夢の途中。
直江の腕の中で、高耶は、今度こそ幸せな眠りに落ちていった。



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本編書き終えた直後、最初に浮んだのは実はこの野ばらの風景でした。
支える腕と対になる寝物語のはずだったのに。
ずいぶん寄り道しちゃったね。。。






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