言葉を奪うために重ねた口唇はすぐにその意味を変えた。 触れるだけでは物足りなくて思わせぶりに舐めあげる。 心得たように直江は口元を緩めてくれて、その隙間にするりと舌先を滑り込ませた。 歯列を割って柔肉を探り、絡む舌を吸いあげ。次第に大胆に、高耶は直江の口腔を貪っていく。 キスの技巧は直江から教わった。 教わったというよりは、自分に為されるそれを夢中でなぞって相手に返しただけなのだけど。 上手になりましたねと、或る日、揶揄でなくそう褒められて、痺れるぐらいの悦びをおぼえた。 直江に欲情されて、嬉しい。 だから。 直江だってきっと同じだ。昂ぶる高耶の反応が、なによりの媚薬。 混じりあう唾液の水音も息継ぎのたびに洩れる艶めいた自分の喘ぎも。 耳に拾う音はたまらなく淫靡に響いて羞恥を誘うけれど、もう、居たたまれない思いをすることはない。 好きだから、欲しい。好きだから、感じる。 それを隠さなくていい。そんな自分を、直江は心ごと包み込んでくれるから。 (だったら――― いいだろ?直江?) そろそろと、片手に探り当てた男のものはすでに容を変え始めている。 何度目だかわからない口づけを解いて、高耶はゆったりと微笑んだ。 (観念してまるごと全部のオレを受け取れ) 猫属のしなやかさで囲われた腕から抜け出すと、高耶は今度こそ男の下肢に唇を寄せた。 「高耶さん?!」 うろたえる男の声が心地よくて、高耶は直江を咥えたまま、にんまりと笑んでみせる。口に含んだそれはオスの味がした。 おそらくはざっと拭っただけ。己の始末も後回しにして寝入った自分を起さぬよう、ただ抱きしめていてくれたのだ。 (好き) 思いのたけを込めて、濃やかな舌遣いでこびりついた残滓を清めていく。 厭うことなどひとつもない。今の自分は自ら望んでこうしているのだと、頑なに拒もうとする男に知らしめるように。 (だからおまえもオレで気持ちよくなれ) ひくりと男の内腿が引き攣った。 口腔内のものはすでに猛りきっている。 ちらりとあげた視線の先には、目を瞑り苦しげに眉を寄せる直江の顔があった。 懸命に快感を堪えている。そんな余裕のない表情は初めてで、だからこそ高耶は愉しくなってしまって、ますます熱心に愛撫を施す。 舌を這わせては唇をすぼめて扱きあげて、ゆるゆると上下する頭に、そっと男の手が降りた。 止めだてするでなく、強要するのでもなく。羽の軽さで触れられて、高耶はもう一度、男を窺がう。 「すごく、イイです。高耶さん…」 うっとりと感極まったような直江の声に、高耶の目も三日月に細まった。 「でも、お願いだから、最後はあなたの中でいかせて」 切羽詰まった嘆願に、高耶は束の間、小首を傾げる。 そしておもむろに唇をはずすと、押さえつけるようにしてみしりと直江の身体にのしかかってきた。 「高耶――っ」 「オレも……」 掠れた囁きが返された。 「オレもおまえが欲しくてたまんないから。だから――」 視線を絡ませたまま、ゆっくりと身体を起して馬乗りに跨る高耶を、呆然として直江はみつめた。 行為に慣れても心を通い合わせても、ずっと青さを残したままの高耶は、 自分から求めて動くことはなかったのに。 その彼が自ら腰を浮かし、後ろ手に握りこんだものを宛がって、直江を迎え入れようとしている。 「直江……」 切なげに名を呼ばれて、全身の血流が滾る思いがした。 張りつめた先端に彼の窄まりが触れる。 すでに閉ざされていた入り口は、押し入ろうとするものを二度三度としなやかに弾き返した後、やがて圧する力に屈したように不意に男を受け入れた。 新たに道をつける感覚はなかった。 まるで灼けたナイフをバターの中に埋め込んでいくようだと思った。 数刻前までそこに在ったカタチを憶えていたように、さしたる抵抗もなくずるずると呑みこまれていく。隙間なくみっしりと熱い肉に包まれやんわりと締め付けられて、思わず、うめいた。 期せずして声が重なった。 喘ぐように口を開き、濡れた黒眸で、高耶が直江を見下ろしている。 「すごく、いい……」 「私もです」 今にも崩れてしまいそうな身体を、かろうじて両腕で突っ張っている高耶に、もう余力はないだろう。 そろそろと彼の腰骨のあたりに手を這わせた。しっかり支えてから小刻みに揺すりたてる。 「―――っ!」 声にならない悲鳴をあげて咽喉のラインがきれいにしなり、直江の腹の上で、高耶が踊った。 「あっ、あっ、あっ…」 突き入れるものに押し出されるように、同じリズムで声があがる。髪を振りたて、自身からはとめどのない蜜を零して。 ゆらゆらと傾ぐ身体は、もう両手の支えだけではおぼつかなくて、直江は高耶と繋がったまま上体を起して、腕の中に囲い込んだ。 夢中でしがみついてくる背中を撫でてやりながら、抽挿を繰り返す。ともに高みに駆け上がるために。 「っ…もう……」 すすり泣くように深く息を吸い、とめて、高耶が果てた。 彼が放つたびに内部の襞もまたひくひくと蠕動と収縮を繰り返す。 その極上の締めつけに、直江もまた練り上げた気を放ち、力の抜けた身体を抱きかかえて、静かにベッドに沈み込んだ。 ふたり、荒い呼吸が鎮まり整うまで、そうしていた。 |