経絡にそって男の掌が肌を滑る。
たったそれだけで、身体に火の道が通じる。 落とされる口唇。吸い上げられる疼痛。 ゆるゆるとした愛撫がもどかしくて。 焦れて身を捩りながら、縋る眼差しを男に向ける。 ほんの数ヶ月前まで、こうして見上げるその先には、いつも昏い笑みがあった。 口淫しながら乱れる姿を嘲るような、優越に満ちた冷たい微笑。琥珀色した氷の瞳。 己の浅ましさを見せつけられているようで、昂ぶる身体と裏腹、その表情をみるたびに心が黒く凝っていく日々だった。 でも今は。 どんな反応も逃すまいと自分を見据える視線は一緒。 なのにそこには限りない慈しみが溢れている。 決定的な刺激が欲しくて、強請ろうとした矢先に男が動いた。 片脚を抱えられ肩に担がれる。 外腿を撫で上げられ、内側には舌が這って。 ひくりと身体が跳ねるのを狙いすましたように、今度はもう片方の脚を横に割られ熱い猛りを押し当てられる。 思わず息を詰めるほど大胆な、けれどすこしも性急さを感じさせない仕草で。 「高耶さん…」 柔らかく、名を呼ばれた。 その声音に誘われるようにふたたび視線を戻せば、高々と掲げられた自分の脚が目に映る。 腿。膝。脛。踝。甲。足指。どこも見慣れた身体の一部。 その自分の素足が、まるで別の生き物のように男の手に支えられ裸の胸にひたりと添っている。中空に突き出した白い指先がやけに艶めかしい。 自分がどれほど扇情的な姿でいるのかを嫌でも思い知らずにはいられない眺めだった。 火を噴きそうに恥かしい。屈辱を感じて当然の姿勢を取らされているというのに。 羞恥とともに湧き上がるのは蜜のような甘美な感覚。 自分のすべてを直江だけが見ている、そう思うだけで身体の奥で何かがどろりと蕩けだす。 おもむろに、男は、高耶の内部へ侵入を開始した。 隙間なく埋め込まれ揺すぶられ睦言を囁かれて。 脳髄からつま先まで、一気に白い光が爆ぜた。 あまい濃密な時間の合間に、様々な話をした。 今までそうせずにいられたのが不思議なくらい、直江のことを知った。 そして、知れば知るほど、ますます直江が好きになった。 美弥のことも、当初から気にかけていたという。ただしその真意は高耶の曲解したのとはまるで逆の理由だった。 「北条殿はあれでなかなか油断のならない御仁ですから」 高耶と血の繋がる人物について直江は慎重に言葉を選び、困ったように微笑んだ。 「美弥さんが私の元にいないことはとっくにご存知だったはず。代わりにあなたがいた。ならば私たちの間にどんな約定が交わされたかは容易に想像がつく。 表向き沈黙を保ってはいましたが、美弥さんが確たる後ろ盾もないまま市井に留まっている以上、北条殿がもう一度密かに彼女を取り戻そうとしても不思議ではない状況でした。 美弥さんを預けたあなたのご友人……彼らの誠意を疑うわけではないですが、 善良な市民を陥れ彼女を手放すように追い詰めるのは、実はあなたが思うよりずっと簡単なことなんです。……北条の名をもってすれば」 「そんな……」 考えてもみなかった。 自分の頼みごとのせいで、妹ばかりでなく恩義ある知人にまであやうく危難が及ぼうとしていたとは。 青ざめる高耶の頬に、直江はそっと手を添える。 「あなたがいつか言った通りだ。貴族なんてロクなもんじゃない。でも同類だからこそ先手を打ち睨みを効かせることもできる。 ……足繁く千秋が通っていたのは、つまりはそういうわけです」 「……虫じゃなくて、虫除けの方だったのか……」 いかにも高耶らしい直截な例えに直江が苦笑をもらした。 「もっともその効果も終いには薄れてしまって。奉公という名目で美弥さんには安全な屋敷へ移ってもらいました。 あそこのご隠居はいまだ矍鑠としていらっしゃいますから。不審な輩には指一本触れさせませんよ」 だから安心していい、と。 力強く請け負われて、なぜだか急に目頭が熱くなった。 ずっと気を張って生きてきた。それが当然だと思っていた。 でも。 自分のために差し伸ばされた手がここに在る。 思えば、最初から。 自分の眼が疑心に曇っていたせいで、気づくのがこんなに遅くなったけど。 弱さを曝してもいい、寄りかかってもいいのだ。 そうすることを許せる相手をみつけた。信じられないような幸運だと思った。 腕に擦りより無言で顔を埋めた高耶を、直江は目を細めて引き寄せる。 抱え込んだその腕に涙の雫を感じたのは次の瞬間。 それでも高耶は身じろぎもしないから、直江も黙ってただその背を撫で続ける。 愛しいと想う気持ちを掌に込めて。 「直江…」 やがて高耶が顔をあげた。 泣き濡れて赤らんだ目元を隠そうともせずに。 「好き……」 吐息と一緒に唇が触れてくる。 「私もです……」 欲情を知らせる秘めやかな合図に、 直江は静かに体を入れ替え、彼を組み敷く。 指先の動きが淫靡なものに変わって、再び経絡を辿り始める。 艶やかな声が薄闇に溶けて、閨に、蜜の時間が流れ出した。
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