「……ふっ……んんっ……」 濡れた水音とともに、あまやかな声が薄闇に混じる。 「…もっ……ヤだ……なおぇ…」 髪を打ち振り口元に手の甲を押し当てて必死に愉悦を堪えながら、切れ切れに高耶が訴える。 その下方、大きく割った脚の間に顔を埋める男に向かって。 「―――っ!」 答えの代わりに与えられたのは、ひときわ強い刺激。敏感な部分を吸い上げられて、しなやかな背が綺麗な弧を描いた。 こんなのは嘘だ。口淫の愛撫がこんなにも深い悦楽を呼ぶなんて。 ようやくうねりをやり過ごし荒く息を吐きながら、高耶は思う。 現に、今足元に蹲るこの男は懸命に自分が施す奉仕をいつも涼しい顔で受け流していたではないか。ああしろこうしろと指示までだして。 そりゃ、拙い所為も多分にあったのだろうけど。 でも、ずるい。悔しい。不公平だ。 同じ行為ひとつ受け取るにしても、 指図するほどの余裕が直江にはあって、自分はただ翻弄されるだけなんて――― 涙目で睨みおろす高耶の表情をどう推し量ったのか、嬉しげに眼を細めた男がスパートを掛ける。 ひとたまりもなかった。 「あああ――――っ!」 細い悲鳴が長く尾を引いて、 とりとめのない思考が千々に砕けた。 果てた余韻を包み込むように、直江が身体を寄せてくる。 張り付いた髪をかきあげ頬に唇が触れる。 間近に見交わす眼差し。その柔らかな色合いにほだされ、高耶も自ら口づけを強請る。 好きだから。 この男がたまらなく好きだから。 だから自分だって、直江のことを気持ちよくしてやりたい。 不意に衝動がこみあげてきて、まだ力の入らない身体をおもむろにずり下げた。 そんな高耶の意図をすぐに直江は察したのだろう。 肌を滑らせていた唇がまだ鎖骨にも届かぬうちに、ふわりと両手が顎を包み持ち上げられる。 もう一度、至近距離で交わる視線。 困ったような微笑を浮かべて、直江は静かにかぶりを振った。 「あなたは、もう、そんなことしなくていいんですよ」 「なんで?」 オレが、おまえにしてやりたいのに。 むうっとその口が尖るのに、直江の笑みはますます深いものになった。 なだめるように髪の毛を梳かれて、そのまま胸の中に囲い込まれる。 「私のことより。あなたが気持ちよくなって……」 耳朶を食まれてくすぐられて。 反射的にふるんと高耶は首を竦めた。 それに乗じて直江が今度は濃厚なキスを仕掛ける。 「んぅ……」 言いたいことは山ほどあるのに。 唇を塞がれて、なし崩しに蕩かされて、高耶は再び直江の手管に溺れていった。 疲れきった身体が鉛のように重たい。 「……ゆっくり、おやすみなさい……」 そんな声を夢うつつに耳に拾ってこっくりと頷きながら、それでも、意地みたいにして最後に瞼をこじ開けた。 飛び込んできたのは、痛ましいほど翳りを帯びた鳶色の瞳。 ああ、こいつはずっと悔やんでいたんだな。 オレなら、もう、気にしてないのに。 それは意識を手放す刹那の一瞬。 眠りに落ちていきながら、高耶は唐突に直江の心情を理解した。 届かぬ想いに焦れた末に苛み貶め続けた日々のことを、彼は高耶に思い出してほしくはないのだ。 確かに直江にはずいぶんと無体を強いられた。辛い思いもした。 でもそれはすでに過去のこと。あの仕打ちが自分に対する執着の裏返しだったと知った今は、不思議なほど憤りは湧いてこない。 それに。 高耶だって彼を殺そうとしたのだからお互いさまだ。 むしろ問答無用に毒を盛ったこちらの方がもっと性質が悪いかもしれない。 おまけにそうまでしたことを、高耶はちっとも悔いてはいないのだ。 この男を失うぐらいなら、おそらく自分は何度でも同じことを繰り返す。直江の意志など忖度なしに彼を手にかけ、自分も死ぬ。 もろともに破滅を選び取るような過激な感情が己の中にも眠っていたなんて、直江に出逢わなければきっと一生気づかぬままだったろうに。 今は、そうすることを当然の権利みたいに考えている。 自分は直江の所有だけど、直江だってもう高耶のものなのだから。 そうだろ? おまえは罪滅ぼしのつもりかもしれないけど。 今さら、遠慮なんかするな。 オレを変えたのはおまえなんだから。責任とってまるごと全部のオレを受け取れ。 おまえがオレを想う以上に、オレだっておまえが好きなんだから――― 夢の中で辿る理屈は筋が通っているようで、それでいて支離滅裂で。 そして恐ろしいほど正直だった。 |