夢の中で辿る理屈は筋が通っているようで、それでいて支離滅裂で。 そして恐ろしいほど正直だった。 堂々巡りの浅い眠りは、やがて高耶の内奥、隠されていた不安までを映しとる。 愛してるといった。ずっと大切に守ると。 直江の言葉にも心にも嘘はないと思う。 でも。 彼は貴族だ。跡取りを設け家を継がせる義務がある。 そして、男の自分には彼に子を与えてやることはできない。 いずれ、形式的にでも直江は妻を娶るだろう。 その誰かと彼を『共有』することに、自分は耐えられるだろうか――― 自問自答をするうちに、さらに場面は暗転した。 胸元を真っ赤に染めて直江が倒れている。 じわじわと血溜まりが広がり、彼の身体から生命の流れ出ていくさまを、高耶は凝と見下ろしている。 自分が刺した。毒ではまた仕損じるかもしれないから。 彼の心臓に突きたてた同じナイフを逆手に持ち替え、天を仰いだ。 今、オレも行くから――― 全身が硬直したまま目が覚めた。 見開いた目のすぐ先にあるのは傷などない男の胸。 すっかり馴染んだ腕の中にいることに、思わず安堵の息をつく。おずおずと身じろぎして鼻先を男の肌にこすりつけた。 「どうしたの?怖い夢でもみましたか」 背筋に触れる温かな掌を感じ、柔らかく問い掛けられて、涙が滲みそうになった。 「………」 甘えるみたいに擦り寄りながらも頑なに顔をあげない高耶の様子に夢の内容を察したのだろう、直江は、静かに背を撫でながら深く息を吐いた。 「夢の中でまで、まだ私はあなたを苦しめているんですね……」 己を責める口調に慌てて高耶が首を振る。 「違うっ!おまえじゃない。オレがっ」 「あなたが?」 もう黙ってはいられない。唇を噛みしめて、高耶は直江と視線を合わせた。 「……オレがおまえを殺す夢だった……」 直江の目が痛ましげに細められる。 「それで?あなたに殺されるぐらい、夢の中の私はあなたに何をしたの?」 「何も。オレが勝手に嫉妬しただけだ……」 「高耶さん?」 「だって直江は。いつかはどこかの令嬢と結婚しなくちゃならないんだろ?おまえは貴族で、貴族の家には跡取りが必要なんだから。 ……そんなことを考えてたから、悪い夢、見ちまったみたい。大丈夫。気にすんな。もしそうなったとしても、もう取り乱したりしないから」 直江はぽかんと高耶を見つめている。 「……どこか他所に移って、おまえのこと待ってるから」 「高耶さんっ!」 ぎゅっと抱きしめられた。その力強さにまた涙が溢れでそうで、高耶はあやういところで嗚咽を堪える。 厳かな声が降ってきた。 「結婚なんてしませんよ」 (え?) 慌ててもう一度男を見上げる。 (今、なんて言った?) 高耶の心を読んだように、直江が繰り返した。 「一生妻帯なんてしません。あなただけです」 「でも、それじゃ…」 「そもそも継がせるほどの家なんて背負っていない。直江というのは母方の姓です。私もあなたと同じ妾腹の出なんですよ」 思いがけない言葉に、今度は高耶がぽかんと見つめる番だった。 直江は、故国では名門に数えられる橘の家の出身だという。 先代の当主の外腹の末の息子、それが彼だった。 屋敷にはすでに十以上も歳の離れた立派な兄が二人もいたから、彼の存在はほとんど注目されることはなかった。 ひとかどの教育だけは授けてもらって、いずれは家名から離れて身を立てる。 そんな将来を送ることを、本人も周囲も疑いもしなかった。 家督を継いだばかりの長兄とすぐ下の兄が、立て続けに事故と戦で亡くなるという不幸に見舞われるまでは。 跡目相続は揉めに揉めた。 長兄には女児が、そして次兄には男児がすでに誕生していて、それぞれに有力な姻戚が控えていたからだ。 度重なる親族会議と水面下での応酬の末に、この従姉弟たちを娶わせて家を継がせる妥協案が成立した。 そして、まだ乳飲み子のふたりが成長するまでの繋ぎの役を、彼らの叔父である自分が負うことになった――― そんな経緯を、淡々と直江は高耶に説明した。 「でも、その……」 そのまま、その地位に居座ろうとは思わなかったのか?と、 下世話だが、こんな場合なら誰しも思い浮かべるであろう疑問を高耶も口にした。 容姿も物腰も優雅で端整な、まさに生まれついての貴族のようなこの男ならなおさらだ。彼が侯爵の座に留まれるよう、尽力してくれる人物がいないわけでもなかったろうに。 そんな高耶の問いに、直江は苦笑しながら律儀に答えた。 「……まあ否定はしませんが。でもそうすると、もれなく奥方もついてきてかなり窮屈な生活になりそうだったのでね。 私はまだそんなものに縛られたくはなかったし、また泥沼の相続争いに巻き込まれるのもうんざりだったんです。十数年宮廷に出入りをしてそれなりの人脈も培いましたから。……潮時だと思ったんです。この国に赴く殿下にお声がけを頂いた時に」 大正解でしたよ。おかげで貴方に巡り合えた。 真っ直ぐに高耶を見つめて、直江はしあわせそうに微笑んだ。 もう見慣れたはずのその笑顔は本当に美しくて、つい高耶は赤くなる。 ふいっと視線をそらす高耶を愛しげに見ながら、直江はなおも続けた。 「自分では家名に頼らず己の才覚だけで自由に生きている気になっていたんですよ。あなたに逢うまでは。 まったくとんでもない思い上がりでしたね。さぞかし鼻持ちならない輩に見えたでしょう?相手にされなくて当然……」 「もういい!」 滔々と回想をまくしたてる男の口を真っ赤になった高耶が塞いだ。 我ながらなんて無茶で無礼な真似をしたものだと、今は素直に反省しているのに。 あの時のことをこうも脚色されたのではこちらが恥かしくてたまらない。しかもさらに恐ろしいことに直江は本心から高耶に伝えたいらしいのだ。 まだもごもごと動いている手の下の唇の感触をこそばゆく感じながら、考える。 黙らせる手段は、たぶん、たったひとつ。 大きく息を吸い込むと、高耶はさっと両手を首に巻きつけ引き寄せて、今度は自らの唇で直江の唇を封印したのだった。
|