季節は進む。 咲き誇る花々は、少しずつその種類と趣とを変えていく。 習慣となった逍遥の今日の行く先は、笑いさざめく爛漫の花畑を抜けて、四阿として設えられた藤棚の下。 そもそもは飾りとして支柱に絡ませたのだろう藤の蔓が歳降りて風格ある古木となり、いつしか建物との立場は逆転した。 四方に伸びる蔓のために渡された格子状の棚は、夏には快適な緑陰を作り、花盛りの今はとりわけ見事な花房で広い空間を薄紫に染め上げる。 四季折々に花の在る庭の中でも格別に美しい場所だった。 其処に高耶を連れ出したかった。 一本の樹が毎年毎年何千何万もの花を産み出すその強かな樹勢と、枝垂れて咲くたおやかな花房の対比、その優美な花の隠し持つ妖艶な香り。 幽玄でいて艶冶なそのさまは、どこか彼の主と通ずるものがあったから。 さわりと風が吹く。 一斉に簪のような花房が揺れる。 紫色の小花の濃淡が光の加減でちらちらと瞬き、陽に温められた芳香が立ち込める。 広間ほどもある藤棚の下は、花の帳に区切られて艶やかな別世界と化す。 その風景に、声もなく高耶が見入る。 そんな高耶を、直江も見つめる。 藤の紫に映える黒髪や白皙の貌や夢見るように差しのばされた指先までが花の色に染まるのを。 花の化身であるように花の中に溶け込んで、高耶が微笑む。 その唇がなにか言葉を紡ぐ。 聴き取りたくて距離をつめて、彼の頬に触れて―――唇を重ねた。 花が零れる。 抱き合う二人に慈雨のように降り注いで、薄紫の褥となる。 日が落ち、優美な花色が彩を失って闇に溶け込んでもまだ、影が分かれることはなかった。 艶めかしい晩春の夜気に、時折交じるあえかな声。 はあ……ああっ!…… …んっ……ふ…… のけ反る裸体が白く月影を弾き、身動ぐたびに風を起こしては沈む香りを巻き上げる。 二人の放つ気を浴びて、藤の花房はますます艶やかに色を深め、その香りを一層馨しいものにしていった。 「おまえはなんて……」 吐息に載せて高耶が呟く。直江の胸の上、ぴたりと上体を重ねあって。 放ったばかり、まだ呼吸の整わぬ直江は、荒く息を吐きながらただ黙って抱え込んだ高耶の髪をかき混ぜる。愛しくてたまらない気持ちを込めて。 されるままに頭を預けながら、高耶はもう一度呟いた。 「おまえがいれば生きていける……」 とくとくと聴こえてくる直江の鼓動。その規則正しい心音が泣き出したいほど愛おしい。 この男は、今、確実に生きている。生きて、まるごと全部の高耶を受け入れてくれるのだ。 『花喰い』として畏れられながら倦怠の中漫然と命を繋いでいた高耶には、信じるのが怖ろしいほどの僥倖だった。 そして彼は、何度交わりその精を絞っても衰弱しきることがない。それどころか、搾取する自分以上に貪欲に求めてくれた。 彼が稀有な存在なのだと、『花喰い』として歪な生を生きる自分の欠けた部分を補ってくれるのだと、信じきれたのは何時だったか。 未来が拓けた気がした。 この男と生きていこう。 だから、高耶はもう一度言霊を口にする。 「どうか、ずっと、傍に―――」 |