主には限りなく月影が似合うけれど。 けれど、決して異国の異形のように日の光を苦手にしているわけではないと、ともに過ごす日々の中で、直江は気づいた。 ならば彼を外に連れ出すこと――例えば庭の逍遥など――も可能なのではないだろうか? おずおずと口にしたその希をあっさり高耶は受け入れて、そうして、また少し、世界が拓けた。 花盛りの庭を二人でそぞろ歩く。 ただそれだけのことが、夢のようだった。 辿り着いたのは、見渡す限り一面に咲き乱れる春の花野。 花を室に届けるだけでは到底伝えきれなかったもの、摘んだ瞬間に零れ落ちる精髄まですべてを彼に捧げたかった。 風がそよぐ。 揺れる花穂が漣になって広がる。 その同じ風が、花の香りを孕んで今度は高耶の髪を揺らす。 髪を弄られるまま、彼は目を細めて視線を虚空へ飛ばす――風の行方を探そうとでもするように。 「この感じ―――、ずっと忘れていた」 そう、彼は言った。口元に微かな笑みを刻んで。 「天が在って、地が在って。オレも其処で生かされている。……おまえといるとそう思える。ありがとう、直江」 「は?いえ、あの……?」 こっそり見惚れていた主からの突然の謝辞に戸惑う直江のことを、しばらく高耶は見つめていた。 そしてさらに言葉を重ねる。 「オレが『喰らう者』ならおまえは『祝福された者』―――あまねく大地の気のすべてをその身に集め還元する存在だから。 だから、おまえがいてくれさえすればオレは無益な殺生をしなくてすむ。 ……こんな風に緑萌え出る大地を踏みしめるなんて、何時以来だろう? オレは『喰らう者』だから。望むと望まずに係わらず茶色く萎れていくのが常だったんだ。 本当に幾ら礼を言っても足りないけれど。ありがとう、直江。どうか、これからもずっと傍に……」 「高耶さん……」 正直、彼の言うことは半分も理解できなかった。 解ったのは、彼が自分を望んでくれているというその一点。それ以外のいったい何が必要だろうか。 だから、直江も高耶に心からの言葉を告げる。 「……どうか、私をいつまでもあなたの傍に」 その瞬間、高耶の貌に浮かんだ莞爾とした笑みを、直江は生涯忘れないと思う。 繰り返された言霊をもう一度交し合い、どちらともなく影が寄り添いひとつに溶ける。 麗らかな春の庭でのことだった。 |