ゆるゆると時が流れる。濃密でしあわせな時間が。 眠り続けていた主が覚醒し、傅く自分をその瞳に映し微笑みかけてくれるのが、直江にとって無常の喜びだった。 ぽつりぽつりと会話がなされる。 それは例えばその日の天気のことだったり、直江が手塩に掛ける花々のことであったり。 時には天気同様の淡々とした口調で自らの来し方を語ることもあった。 そうして直江は少しずつ主の一族とその人となりへの理解を深めていった。 知れば知るほどに離れがたくなり、相対している時間が長くなる。 その度口にする畏まった響きを主自身が嫌ってか、いつしか直江は乞われるまま、主のことを高耶と呼び習わすようになっていった。 のびやかな音の連なりに呼応するように、呼ばれるたび、彼のまとう雰囲気もまたやわらかなものになっていく。 重ねた年月が剥がれ落ち、まるで歳相応の少年に戻るみたいに。 それもまたふたりにとっての至福の時間だった。 いつものように庭の花を届けた或る日のこと。 「土のにおいがする……」 ふいに、高耶が鼻をうごめかした。 泥でもついていたかと慌てて引きかけた手を、そっと高耶に押し留められた。 羽のように触れただけ、それだけで動きを封じて、 そのまま直江の手を引き寄せる。 まじまじと見つめられる指の爪にわずかな汚れが染みついているのが自分の眼にも映って、直江を赤面させた。 「不調法なことで……」 引き戻そうとする直江にかまわず、高耶は流れるように自然な仕種で直江の手を自分の口元まで持っていく。 「!」 止める間もなく、指先を口に含まれた。 熱くやわらかく滑る口腔、擽るような舌の動きに、 雷にでも打たれたような気がした。 衝撃をやりすごそうと息を詰め、きつく目を瞑る。 けれど、視界を閉ざせば閉ざすだけ、生き物のように蠢く舌の感触を、知らず、追ってしまう。 まなうらに次々に火花が爆ぜ、ちりちりと焼けるような痺れが広がる。暗闇の中、全身を隈なく舐られているような心地がした。 どれぐらいそうしていたのか、ふいに嬲っていた舌が離れた。 おそるおそると薄目を開く。 と、伏し目がちの高耶が、名残惜しげに咥えた指をその唇からずるりと引き出す様が目に飛び込んできた。 妙に淫猥な光景で、一気に体温が跳ね上がった。 「草の汁の味がする……」 うっとりと高耶が呟く。 「土と、草と……おまえの味だ…」 ゆっくりと視線が上がって、煙るような黒曜の瞳がひたと直江に向けられる。誘う眼差しにどくどくと血が滾る。 頭の芯が皓く焼きついて、もう何も考えられない。 「もっと、いいか……?」 そう、囁かれては、否応もなかった。 「高耶さんっ!」 理性のくびきを外し、発情した牡の勢いそのままに、直江は高耶に挑みかかっていった。 |