迸る精気を浴びて、濡れ濡れとした花々が妖しく輝く。 直江という男神に抱かれて、高耶の放つ気はさらに艶麗さを増した。 その変化に気づいた花は、最初の敵対は何処へやら、嬉々として男神ごと彼らの花守を取り巻きいては、さらなる悦楽を促した。 放埓に振り撒かれる気を貪欲に取り込んで、真紅の花は次々と花開く。 その蔭で、男神がひっそりと微笑った。 交合には果てがなかった。 さまざまに組み敷かれては男神の熱さと逞しさに酩酊し、自分だけが幾度も達して、そのまま気を飛ばした。 そのたびに頬を叩かれきつく揺すりたてられて、無理やりに引き戻される。 水底から見上げるようにすべてが歪んで見える中、ただひとつ鮮明なのは男神の視線。狂おしい光を湛えて見つめてくる琥珀の双眸。 「これぐらいではまだまだ死ねませんよ。高耶さん」 嘲るような口調でいながら、火傷しそうに熱い囁き。 言葉とうらはらの柔らかく包み込むような抱擁。 生身の身体が与えてくれる痺れるような安堵。 だから、高耶も頷き返す。もっと深く、壊れるぐらいに抉ってほしいと。 嵩を増した男神の男根が、高耶の内部を自在に往還する。 瞼を閉ざし、力なく揺すられるだけの高耶の顔から、すでに生色は失せている。 狂気じみたこの交わりが彼にとっては責苦でしかないことを知りながら、それでも行為は続けられた。 彼を解き放つためには、生死ぎりぎりまでその気を搾り、花に喰らわせねばならない。 花守の敵娼に甘んじながら、直江は慎重にその時機を計っていたのだった。 ついに、時が満ちた。 花の臨界を見極めてた直江が、高耶の最後の絶頂にあわせて自らも夥しい精気を彼の内部に放つ。 同時に撒かれるふたつの白濁。 劇薬を注がれたように高耶が全身を痙攣させる。 その一撃に花も震えた。尋常ではない揺れ方だった。 それでも、花にはこれから何が起こるのか、解らなかったに違いない。 ぐったりと臥す高耶から身を起す。繋がりを解かれて、溢れ出た男神の精液が大地に滴った。 苗床に異変が起きたのは、その瞬間だった。 花が、しぼんでいく。 あれほど見事に咲き誇っていた花が、みるみる萎れ縮んで花弁を落す。 代わりに慎ましやかに控えていた子房が次第にまるく膨らみ始めた。その懐に種となるべき胚珠を孕んで。 すでに許容ぎりぎりにまで高耶の精気を摂取していた花にとっても、男神の精髄は猛毒に等しかった。開花する以上の糧を与えられた結果、花は、強制的に結実を促されたのだ。 種子を作ってしまえば、今在る花の使命はそこで終わり、苗床も新たな世代へと引き継がれる。 それは、今生で結ばれた血の契約の消滅を意味していた。 高耶の腕から呪字が消えた。 花によって強められ張り巡らされていた結界も霞のように溶けていく。 あたりを包むのは深閑とした夜の大気。 本物の闇。本物の夜空。そこには中天に晧々と十六夜の月が浮んでいる。 月影に照らされるのは、一面の枯れ野と化した異様な風景。そしてひとつに溶け合うふたりの姿。 ひやりとした夜風から高耶を守るように、直江はその動かぬ身体を固く抱きしめる。 微かに息はしている。僅かだが鼓動もある。彼は死んだわけではない。ただそれは限りなく死に近い昏睡だった。 ぎりぎりまで抜き取った本来の彼の気の代わりに、注ぎ込んだ男神の気がかろうじて肉体の命は繋いでいる。 だが、その精神は。 突然告げられた現実に打ちのめされ支えを失った心は、おそらく、二度と目覚めることを欲しない。 仕向けたのは自分。彼の絶望を利用して、傷つき堕ちてくる彼をこの腕に抱いた。 花の呪縛を解くために。 彼を此処から連れ出したかった。 一目、彼を見てしまったからには、彼を花守のままにはしておけなかった。 高耶の育てた花、つまりは彼の赤裸々な官能が溶け込んだその酒を、余人の慰みに供し続けることに我慢がならなかったのだ。 彼を我がものにしたかった。そのために、心を殺した。 そして、今、彼はこの腕の中にいる。 白蝋のようなその頬を撫で、薄く蒼を刷いた瞼のふくらみを指でなぞった。 この奥に隠された瞳をもう見ることは叶わない。 はにかみながら微笑んでくれたあの笑顔も。無邪気に寄せてくれた信頼も、すべて自分から放棄した。 それが、支払うべき代償。彼自身の意思とは係わりなく、己の我執だけのために高耶に生き続けてもらうことの。 せめて、臥処は心地よく整えよう。 許す限りの時間、懐に囲って誰の目にも触れさせぬよう、自分が彼の守人でいるために。 いつのまにか苗床の外れ結界の際に、関守の影が佇んでいた。 直江は高耶を抱きあげ、静かに歩を進める。 「花は枯れた。その種からの芽吹きにはもう『贄』も『花守』も不要なはず。……彼は私が貰い受ける。」 すれ違いざま厳かに宣言するのに、関守は深々と頭を垂れる。その姿には騙されず、さらに重ねた。 「宜しいか。叔父上」 許しは乞わない。力ずくでも彼を攫うと、それは奥庭の主に対する布告だった。 果たして、面を上げた関守の頭巾から覗くのは理知の煌めく男神の眸。 種を結び枯れた花園と、腕に抱かれる亡骸のような子ども。そして、憔悴しきった直江の顔色から、男神はことのあらましを察する。 「……方々からはさぞ謗られようが、花が枯れたのでは是非もないこと。好きにするがよい」 遠まわしの承諾に、直江は軽く会釈を返す。 昂然と頭を上げてその脇をすり抜けた。 その背中に愛しいものを手に入れた歓びの色はない。 立ち去る後ろ姿を無言で見守っていた男神は、ふいに、まるで世間話をするような調子で声を掛けた。 「物言わぬ花でも、手を掛ければそれに応えてくれるもの。ましてやその子はとてつもなく強くて優しい……。いつまでも絶望したままではおるまいよ」 それは、何よりの餞の言葉。 枯れた苗床が緑の芽吹きに彩られ、奥庭が百花繚乱の装いを呈す頃、その言葉は現実となる。
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