こじんまりとした離れ家の、露台に面した開放的な一室に高耶の寝所はしつらえられた。 木漏れ日がそそぎ、月影が射しこみ、微風が吹き抜け、 雨が降ればしっとりとした大気に抱きくるまれるような。 そんなささやかな外界の変化が直に彼に伝わるように。 彼が長いこと無縁でいた日毎夜毎の季節の移ろいを、せめて今からでも返してやりたかった。 陽射しの中で見る彼の貌は透き通るような肌の白さがいっそ痛々しく、 月明りが落す陰影はなおさら彼の陥る翳りを際立たせて容赦なく直江の心を抉ったけれど。 こんなふうに刻は流れているのだと。 贄として世俗から切り離され、今は自らを封印している高耶に感じ取ってほしかった。 許す限りの時間を彼の傍らで過ごす。 日に数度、杯ほどの薬湯やスープを口移しで含ませ、必要ならばその身体を清拭する。 無数に散らした薄紅の痕が青黒く色を変え、やがてはそれも薄れて消えてしまっても、 高耶の様子に変化はなかった。 花がそうしていたように、大量の気を注ぎ込めば覚醒は可能だろう。 が、無理強いはしたくなかった。 できなかったのだ。 目覚めた後、自分を見つめるその眼差しに、もしも拒絶や嫌悪があったら? それがたまらなく恐ろしかった。 そうなるぐらいなら、このままがいい。眠り続ける彼をただ見守り触れていられる今の方が。 「まったく、醒めない夢を見ていたいのは私のほうだ……」 自嘲を込めて直江は呟く。生き人形のように横たわる高耶の髪を梳きながら。 「……花を責める資格なんてない。 あなたの想いを無視してまでこうしてあなたに触れていたいと思う。 この時間が永遠に続けばいいなんて願って、自分にだけ都合のいい夢をみている……」 彼はそれを許すだろうか。許してくれるほど、逃避の末の今の眠りは安寧だろうか。 それならばいい。ふたりこうして楽園に棲んでいられる。 でも、もしも?もしも、そうではなかったら? 時折、わけもなくそんな疑念が浮んでは、叫びたしたいほどの焦燥に駆られる。 なにかもっと、別な手段があるのではないかと。 「ねえ高耶さん、あなたの意識は今何処に在るの?其処が心地いいなら、いつまでもそうしていればいい。 でも、そうでないのなら。あなたがまだ絶望に苛まされているのなら、 私はいったいどうすればいい?」 問うたところで応えの返るはずはなく。 瞼を閉ざしたその顔には彼の想いを計るどんな表情も浮んではいないのに、心が波立つ。 あの日の高耶もこんなふうに凍りついた貌をしていた。 ただひとつ違ったのはその眸。 力を失くし虚ろに見開かれた瞳から零れ続ける涙だけが、雄弁に胸の裡を語っていたのだ。 彼を蝕んでいたのは、一人取り残されすべての想いが水泡に帰して、 自分の存在を否定されたかのような虚無。 それに乗じて、自分は彼を手に入れた。 そう仕向けたのも、唆したのも己の所業。 しかし。 彼の犠牲が、行為が徒に無に帰しただけなんて、あるはずがない。 彼の想いは、きっと彼の大切な人たちに伝わっていたはず。 ただ人間には如何しようもない時間が、彼らと高耶を隔ててしまっただけ。 ならば、彼らの思いを届けることは出来ないだろうか? 直江は傍らに座したまま静かに瞑想に入る。 あの日とうとう高耶には告げてやれなかった、もうひとつの真実を探すために、その精神を下界へ飛ばした。
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