うつらうつらと夢とうつつを行き来する彼を、ただ慈しむ。 羽の下に囲い込み、温もりを分かち合いながら穏やかに日を送る。 そうして彼と過ごしていた、或る夜。 美しい月影に誘われるようにふたり空を眺めていた。 暖かな宵ではあったけれど、それでも夜風が病み上がりの身体に障るのではないかと、少々きつく抱き込みすぎたのかもしれない。 直江……。 腕の中の彼が微かに身じろいで、ひとこと、発した。 目と目を見交わして、その闇色に吸い込まれるかと思った。 引き寄せられるように唇を触れ合わせ、彼が目覚めてから初めて―――一肌を重ねた。 性急さも荒々しさも押し隠した、潮が満ちるような緩やかな交わり。 果てた後の余韻に漂うようにして、高耶は直江に包まれている。 気持ちいい……。 いたわるように背筋を撫でられて、うっとりと高耶が呟く。 何気なく洩らした言葉に、胸を衝かれた。 生理的にもたらされる、過ぎるほどの悦楽とその後の失墜しか彼は知らない。 自分も―――一彼の性感を昂めるだけたかめて、嬲るようにしか抱けなかった。 絶望に突き落とした後の陵辱めいたあの行為は、どんな弁解もきかない。 たとえそれしか方法がなかったのだとしても。 あの時、彼の返す反応に、自分は確かに小暗い悦びを感じていたのだから。 なおえ? 冷えた指先に何を感じたか、高耶が不思議そうに見上げてくる。 その瞳に、息の根を止められるかと思った。 真実を映す黒曜の瞳。 磨きこまれた鏡のような表面に、強張った、醜悪な自分の顔が映っている。 どんなに取り繕っても庇護者めいて世話を焼いても、彼にはきっと見抜かれてしまう。 己の浅ましさを。彼自身さえ犠牲にすることを厭わなかった妄執を。 彼がこの手からすり抜けていく――― そんな予感に慄いた。 暴かれるのが恐ろしくてたまらないのに、彼から視線を逸らせなかった。 言葉も掛けられないでいるうちに、やがて彼がふわりと微笑った。 しってた。 そう一言言って、細い腕が背中に回る。 宥めるように抱き返されて、慰撫するような唇が顎の先を掠めて、胸元に顔擦りつけるようにして、彼はもう一度、繰り返した。 知ってたよ。直江が……ずっと心で抱いていてくれてたってこと。 だから、あのときだって気持ちよかった……。 あのあとオレは闇の底に沈んでしまったけど。 でも、ずっと呼んでくれただろ?直江の声が耳に届いて……初めて帰りたいって思った。 直江が……大好きだって。 高耶さん……。 呆然としてそれきり言葉も出せない直江を、高耶は窺うように覗き見る。 ……ありがと。 そのまま顔を隠すように埋めたうなじのあたりがほかほかと暖かい。 綺麗な桜色に染まっているに違いない身体を、そっと抱きしめた。 許してくれてありがとう……。愛しています。 思いのたけを込めて耳に囁く。 微かに頷いて後は無言でいる彼の背中を、静かに撫でる。 やがて高耶の全身からくったりと力が抜けて、潜めた呼気は規則正しい寝息に取って代わるまで、そうしていた。
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