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いくらも経ったとは思われないのに、あたりを取り巻く大気が変わった。しっとりと重みを増した風が潮の匂いを運んでくる。 目線を上げれば、前方には膨大な質量を感じさせる、のっぺりとした闇。 振り返れば、イルミネーションに縁どられ黒々と横たわる陸地の影。 その宝石のような連なりも、見る間にせりあがる黒い水平線に飲まれていって、あたりはぐるりと闇に包まれる。 月も昇らない深更、それでも時折海面が微かに煌めくのは、星明りのせいだろうか。 何気なく見上げて、愕然とした。 そこに在るのは、見慣れた夜空とはまったくの別物だった。 天の底が抜けたかと思うほど宇宙からの光に溢れ、白々とした星々が、闇色を駆逐する勢いで虚空を埋め尽くしている。 足元がおぼつかなくなるような、そんな畏怖さえ抱かせるほどの膨大な星の数。 考えもしなかった。まだこんなにも圧倒される自然と背中合わせでいたことに。 星は消えたのではなく、自分らの目が曇っていただけのだと。
飛翔時と同じく、緩やかに高耶は高度を下げて、気がつけば、海面に突き出た名もない岩礁に着地していた。
見渡す限りの海。満天の星空。岩陰に寄り添う高耶と自分。 星空は寝転んで見るに限るから。 訳知りにひげを蠢かせて、高耶は肢体を伏せ、自分にもたれるように促してくる。 枕にするのにちょうどいいだろ?
「なんだか申し訳ないようですね。ずっと背中に乗っていた上に、今度はおなかを借りるなんて」 まあ、たまにはな。いつも腕枕してくれる、そのお返しだ。
言われるままに寝そべりながら見上げる星空。 こうしてみると、蓬莱の空も悪くない。
ぽつりと高耶が呟いた。 うん……。 「帰りたい?」 いや。 高耶の応えは即答だった。
おまえの側がオレの居場所だから。おまえのいるところにオレもいるだけだ。
さりげなく付け足された言葉に、直江の眉が跳ねた。同時に彼の真意が解った気がした。 大丈夫だ。 精一杯の婉曲な拒絶を、高耶はあっさり一蹴した。 夜中に空を見上げる物好きはそうそういねーよ。地べたを這う連中は地べただけに気を配るもんだ。それに、今は、陰伏もできるから姿を顕さなくてもおまえの側についていられる。 人の形をしていたら、彼はまさしく胸をドンと叩いていたことだろう。
「あなたを危ないことに巻き込みたくないんです。私の仕事はお世辞にも誉められたものでないですから」
ばかだな。だからオレが必要なんじゃないか。
不遜な物言いに隠された微かな怯え。
「まったくあなたには敵いませんね……」 そうか。そのテがあったか。
その言い方が心底感心したような口調だったから、直江の方が驚いた。 ……街の明かりに邪魔されない人気のない場所っつったら、海に出るのが早いかと思って。でも、やっぱり人間って賢い…つーか、あくどいな。そういうことまで考えるんだ?
「だからあなたには係わって欲しくないんですよ」 ひたひたと足先を波が洗う。満ちてきた潮に慌てて直江が身を起こす。 帰るか? 「ええ。……実を言うと少々ベッドが恋しいです」 オレもだ。
珍しく弱音を吐く直江に笑って応えて、再び高耶は空を駆ける。 |