この日の寝酒は、旅の土産にと直江が買い求めたものだった。 高耶さんにも飲めると思いますよと、勧められるまま口に含んだその酒はとろりとあまくて花の香りがして。 こくんと飲み下せば華やかな香気が鼻に抜けて、高耶はその感覚を味わうように目を閉じる。 「……おいしい……」 「それはよかった」 高耶の言葉に応えた直江も本当に嬉しそうで。でも彼自身はまだ飲んでいないのだ。 「ごめん。直江も」 慌てて酒盃に注ごうとする手をやんわり押さえられた。 「私は、別の杯で……」 意味深な言葉。そして微笑み。身体の芯があまく痺れて慄かずにはいられないような。 それは、時折、閨で男が垣間見せる表情だ。 謎かけの意味を察して、高耶はほんのり顔を赤らめる。けれど、否やはない。 酒盃の残りを一気に呷ると、男の膝に乗り上げ、覚悟を決めたように口づけた。 唇を隙間なく塞ぎ口移しに流し込むのは高耶の方。でもそのキスは嚥下後すぐに忍び込んできた男の舌にねっとりと口腔を舐られ舌先を絡めとられる濃厚なものに変わって、 まるでこちらが酔わされているよう。 ようやく離れたときには高耶の息はすっかり上がってしまっていた。 「……お上手でした。ご馳走さま」 上気した目尻に濡れた唇が触れてくる。酒の香りがまたふわりと鼻腔に届いた。 「でもね、高耶さん。口移しのキスじゃなくて、もっと別のやり方もあるんですよ……」 「……え?」 耳朶を食むみたいに囁かれてぞくりと皮膚が粟立った。思わず見上げた高耶の表情もまた、艶めいた期待の色があったかもしれない。 「……教えてほしい?」 潜めた問いかけに応えはひとつ。躊躇いながらも従順に頷く高耶に、直江はひと言、 「……お利口さんだ……」 そう言ってうっとり微笑んだ。 逆らわない彼の帯を解き夜着を肌蹴て、直江は高耶を床に座らせその上体をソファに預けた。 椅子の縁に添って伸ばされた両腕、見え隠れする鎖骨の翳り、頤、しなやかなカーブを描く脾腹のライン。そしてなにより眩いのは、 浩々とした照明の下、折りたたんだ白い脚と淡い叢の対比。 本当にどんな格好をさせてもこの人は一幅の絵画のように美しい。 幾つかクッションを当て直して彼の姿勢が辛くないよう支えると、男は、卓から鶴首の酒器を取り上げた。 「しっかり締めていてくださいね」 何が始まるのかと不安そうにしている高耶に念押しして、おもむろに鼠蹊の僅かな窪みに酒を注ぐ。 「………っ!」 敏感な部分に直接冷たい酒を掛けられて、瞬間、高耶が目を見開いた。反射的にきゅっと太腿に力が入る。 縋るように見つめても、その視線を知ってか知らずか、直江は慎重な手つきで注ぎ口を傾けることに集中している。 とくとくとく……。 肌肉の上、三角形の酒溜りができた。それまで慎ましげに控えていた薄い和毛がまるで生き物のように立ち上がりゆらりと小さな水面にたゆたう様を、満足げに男は見つめる。 「……見事な器だ。では一献」 「………あ……」 自らの下腹部に伏せられる柔らかな頭髪を視界の端に捉えて、高耶はまた身の置き所のないような感覚に襲われる。 肌の上に溜まる液体を零すまいとする緊張。 それが見る見る吸いとられていく微かな安堵。 ほっと息を吐く間もなく、肌に張り付く和毛の一筋一筋までまさぐる舌の淫靡な動き。 その愛撫に気をとられてうっかり力を緩めようものなら、酒の雫がつうっと流れて後庭を濡らす、粗相めいた異様な感触。 それが何度か繰り返されて、否応もなく高耶のオスが頭を擡げた。 「不思議ですね。酒の味がどんどんあまくなるようだ」 勃ち上がったものにわざと伝わせ酒を溜めながら、男が嘯く。 一滴残らず干すのは変わらず。窪みの底だけでなく酒と蜜とが滴る棹から先端までを鄭重に舐めとって、なおも高耶を追い詰める。 「この作法は昔からある廓の遊戯なのに、誰も教えてくれなかったの? 飲めば飲むほど客よりも妓たちの方が先に酔っぱらうんだそうですよ。止めると半狂乱になって酒を強請るんだとか……。 高耶さんは?もっと俺に飲んでほしい?それとも……」 必死の風情でかぶりを振る高耶を見上げながら、思わせぶりに言葉を切った。その続きを高耶の口から言わせるために。 「……もっ…、…やっ……も……ゆるし…て……」 ほどなく、絶え絶えの声が聞こえた。 際どい愛撫に煽られ熱を凝らせながら、溢さないよう絶えず下肢には力を込めなければならない、その緊張にもう耐えられなくなったのだ。 情欲に染まった瞳に涙を溜めて哀願する彼はとても可憐な花そのもので。 狂おしい想いが沸々と湧き上がる。 「じゃあ、どうしたいの?」 優しい声色は砂糖を舐めた狼のそれ。でも愛らしいこの子山羊は欺瞞と解っていて縋るしかないのだ。 「……の……ほしい……」 聞き取れぬほどの小さな声で高耶は言って、そうしてこの腕の中に堕ちた。 |