彼に似合う白

―ゆめの泡沫うたかた




「本当にあなたは白が似合いますね」
試着室から姿を現した青年に、待ちかねていたように男が言った。
シルクの混じったカシミアのセーターは、見る角度によって風合いが変わり、その真珠にも似た柔らかな光沢が青年の髪と肌によく映える。
自分の見立てが間違っていなかったことに気をよくして目尻を下げる男に、青年はたった一言、
「そうか?」
とつれない返事を返す。
それでも、胸元のあたりの生地をつまみ、考えながら付け加えた。
「でも、肌触りは悪くない。それに軽いし」
「気に入っていただけたのならなによりです。そのまま着て出ましょうか?」
こくりと頷くのを確認してから、おもむろに背後に控えていた店員を振り返ったそのとき、青年は、思い出したように、一言、男に声をかけた。
「ありがと。直江」
「どういたしまして。高耶さん」
再び青年に向き直った貌には、満面の笑み。
礼を言われた男の方が、買ってもらった本人よりも数倍も嬉しそうだった。


外に連れ出すからには、それらしい格好をさせねば、というわけで、ここ最近の直江は高耶を着飾らせることに熱中している。
服飾に関しての高耶から要望はたったひとつ、着心地がいいことだったから、それ以外の総てを一任された直江が張り切らないわけはなく、高耶はすっかり直江専用の着せ替え人形になってしまった。
素材はもちろん仕立てや色やデザインを吟味して選ぶ品々は、結果としてかなり高額なものになったけれど、いまだ金銭感覚に疎い高耶は、法外な値段に臆することなくそれらを受け取って、さらりと着こなしてしまう。
その優雅なまでの無頓着さが高貴な生まれを想像させるのか、金離れのよさもあいまって、ふたりには、何処へ行っても恭しいまでに丁重な応対が供された。


「こっちの人間はずいぶんと親切だな」
あっちとは大違いだと、感嘆したように呟く高耶だから、直江は苦笑を禁じえない。

「それもこれも、みんなあなたのせいですよ」
「オレの?」
「そう、あなたが、あんまり、素敵だから。誰もがあなたに釘付けになる……現に今も」
雑踏の中、ただ歩いていてさえ、流れるような彼の身ごなしはひときわ際立っていて。
匂いたつような動きの美しさに自然に周囲の視線が集まるのだ。呆けたように彼に見惚れ歩みを止める故の、小さな滞りがそこかしこで起きている。

それは、直江にとって誇らしくもある反面、ちくちくと悋気を刺激されることでもあったから、これ見よがしに高耶の肩に手を回し、庇うように引き寄せた。
微かだけれど、自分たちを中心にどよめきに似た細波が広がるのは確かに感じられて、抱き取られるようにぴたりと直江に寄り添った高耶が、くすりと笑う。
「こんな真似したら……ますます注目されるんじゃないの?」
「構いませんよ。私はね」
いっそキスでもしてみましょうかと開き直ったその声音に、高耶は、不意に直江の腕を振り解くと、半歩前に出て急かすように男の手を引っ張った。
「早く帰ろう。直江」
「高耶さん……」
煌めく瞳からはもっとたくさんの想いが伝わってきて、直江もまた破顔する。
「ええ、帰りましょう」

呆気に取られるギャラリーを尻目に、手を繋ぎあったまま、小走りに走り出す。
一刻も早く、安全な塒へ。
ふたりきりになれる場所へ。
子どものようにせわしなく。楽しげに笑いながら。

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しあわせいっぱい、色ボケ直江……(苦笑)





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