足元のおぼつかない高耶に歩調を合わせていたのは、衆人環視の広間を退出するまで。 重々しい両開きの扉が閉ざされ、人気のない廊下にでると、直江は有無を言わせぬ勢いで強引に高耶の身体を抱きあげた。 いつもの彼なら黙っていない。意地でも自由になろうと身を捩って暴れるだろうが、 抗う気力も失せたように、高耶はおとなしく抱かれ身じろぎひとつしなかった。 つまりはそれほど参っているのだ。 直江は複雑な思いで腕の中の高耶を見下ろす。 俯いているからその表情は窺えない。 けれど、血の色の上ったうなじ、小さく上下する肩、すがるように添えられた指先の細かな震えを見れば、 彼の身体がすでに限界に近いのは瞭然だった。 今、彼の中では滾る熱塊が出口を求めて荒れ狂っている。 露台で自分と彼が飲干したグラス。 口当りのいいソフトドリンクだと彼が思い込んでいたそれには、この手の夜会の常として軽い興奮剤が混ぜられていた。 慣れた身にはたいした効果もないが、初めて口にした高耶にとってはその効き目は絶大だったろう。 何食わぬ顔をして踊っている間にも彼の昂ぶってくる様子が手に取るように感じられた。 そしてなにより、淫らな変化に怯え慄く彼の心中も。 媚薬の作用だとも知らず、己の身体が他人の視線や衣擦れの刺激にさえ反応する事実に葛藤する彼の姿こそが、自分にとって極上の美酒。 その酔い心地を心ゆくまで愉しむための、すべては茶番だったはずなのに。 可憐な姫君そのままの風情で必死に洩れそうになる嗚咽を堪えている高耶を見れば、被護欲をかきたてられずにはいられなかった。 彼を抱く腕に力がこもった。 「辛いでしょうけどもう少しだけ我慢して。屋敷に帰ったらすぐにでも熱を散らしてあげる」 思わず口をついたのは、揶揄でも皮肉でもない、心からの労わりの言葉。 高耶がおずおずと視線を上げた。直江の真意を質すように。 しばらくそうして見つめて、やがて得心したのだろう。微かに頷いて再び顔を伏せる。 しなやかな指が直江の服地をきつく掴んだ。 それは、高耶が初めて示した、直江への信頼の仕草だった。 宝物のようにして運んだ彼を、寝台に横たえた。 もどかしげに脚を縮めるその裾を静かに乱す。 邪魔な布から自由になるにつれて高耶は自ら膝を立て脚を大きく割り広げた。 濃密な雄の匂いが立ちのぼった。 すでに固くそそりたつ先端から溢れ出した蜜が布地ばかりか内腿のあたりまで伝っている。 「可哀相に。こんなにして」 内股を舐めあげながら、軽く彼の屹立を扱いてやる。 たったそれだけの愛撫で、あっけなく高耶は最初の絶頂を迎えた。 脱力した彼の脚をさらに深く折り曲げ、露わになった窄まりをなぞるように指の先をくゆらせる。 其処はもう吐精の余韻にひくつき、しっとりと濡れて綻んでいた。 「ここも……すごく欲しそうにしてる。いつもみたいに玩具を挿入てあげましょうか。それとも……」 思わせぶりに問いかけながら、放心している彼を窺った。 髻が崩れシーツに散らばる長い黒髪。絶え絶えに荒い息をつく紅い唇。 欲情に潤んだ瞳。 そのくせ、まだきっちりとあわされた綾絹の襟元。 彼の口から強請る言葉はとうとう聞けなかった。 それでも。 なおえ……と。 その眼差しで確かに呼ばれている気がして。 直江は高耶の上に覆いかぶさり、高耶もまた震える手を直江に伸ばした。まるで、本当の恋人をその身に招き入れるかのように。 そのまま、性急に身体を繋げた。 彼が拒まない。 その一事だけでこれほど法悦は深まるのだと、目の眩む思いで彼を達かせ、己もまた彼の内部に精を放った。 荒い息を吐きながら彼を見下ろす。 自分以上に息が整わず苦しげに胸を波打たせているのも道理、彼はまだ窮屈な衣装をまとったままだ。 上体を覆う練り絹と剥き出しにした下肢とが眩くもあやうい眺めを作り出していて、 つい裾だけを捲り上げて慌しく情を交わしてしまった己の余裕のなさに苦笑する。が、視線は彼から外せない。 あの場にいたすべての人間を魅了した美姫の面差しを確かに残しながら、絹地に見え隠れするのは紛れもない雄の象徴。 滲み出る体液で濡れ光る奥処。 この稀有な存在を独占し、自分だけが両性具有めいた彼の本性を暴けるのだという密やかな優越と興奮が、徐々に膨れ上がってくる。 逸る心を押えるように、ゆっくりと襟元に手を掛けた。 どれほど鄭重に扱おうと、重ねられた絹から細帯を引き抜けば、しゅっと鋭い音が響き渡る。 その悲鳴にも似た音にまた、煽られた。 高耶はもう意味ある音を紡がない。直江にも言葉で嬲るゆとりはない。 それでもひっきりなしに耳を打つ衣擦れの音や獣じみた息遣いが、容赦なく互いの劣情を昂めていく。 切羽詰まった交わりを幾度も繰り返した。繋がりは解かず体位だけを入れ替え、終いには肌を伝い流れる体液がもうどちらのものなのか、判然としなくなるまで。 それでもまだ追いつかない。 正気でも本意でもないと解ってはいても、こうして自分を受け入れてくれる彼が愛しすぎて失いたくない。 姫君の衣装をひとたび剥げばそこには若々しい雄の肢体があるように、薬が抜ければ彼もいつもの彼に戻る。 すべては一夜限りのまやかしと知りながら、今現実に組み敷く彼の身体はとても熱くて柔らかくて。 執着がとまらない。 滾る情動のままに突き上げる。 あえかな声があがって白い裸身が痙攣した。 毒を注がれた断末魔のようなその様を、陶然と男は見つめる。 この夜が明けるまでは、彼は自分のものだ。 恍惚とした眼差しを彷徨わせ離されまいと力のない腕で必死に縋りついてくる、この愛しい存在は自分だけのもの。 それが仮初めの姿、砂上の楼閣だとしても。今は確かに腕の中に在るのだから。 「愛しています…」 うっとりと呟いて理性を手放し、直江は高耶という名の甘美な幻に溺れていった。 |