事故を起こしてずっと昏睡状態だったのだと、直江は高耶に説明した。 その半死半生の肉体がベッドに繋がれている間に、どうやら魂が抜け出して高耶の傍に引き寄せられていたらしい、と。 「愛しい人めがけて、本当に魂は千里を駆けるものなんですね。……それともこんな与太話は信じられませんか?」 そう言って微笑む直江の顔をしばらく見つめて、高耶は黙って首を振る。 「おまえの……声を聴いた気がする。あれは幻聴でも気のせいでもなかったんだ…」 囁くように返す高耶に、直江もひとつ頷いた。 「……ずっと見ていました。あなたが椌木さんの元に身を寄せて、少しずつ心開いて、此処の暮らしに馴染んでいく様子を。 皆に頼られ、いきいきと働くあなたのことが誇らしかったし、嬉しかった。でもちょっぴり悔しくて切なかった。 なにしろ私は生霊で、気配の濃さでは生身の人間には敵わなかったから。 それでもあなたの傍に漂っていられればそれでよかった。いつか器の力が尽きて消えてしまう日が来るまで、あなたの暮らしを見守るつもりでした……でも」 「でも?」 「好きだと言ってくださったでしょう?泣きながら私のことを呼んでくださったでしょう? 脳天を殴られた思いがしましたよ。 ふらふら漂っている場合じゃない。一刻も早く身体に戻って、生身のこの手であなたを抱きしめなければって」 やっと、それが叶った……。 吐息まじりに囁かれて、一度はとまった涙がまたにじんできた。 「結局、私は半年寝ていて、退院の許可をもぎ取るのにまた半年掛って、ようやく今日こうして来れたんです。 ……もう、二度と離さない。構いませんよね?」 涙を拭いながら、直江は言質をとるように高耶の瞳を覗き込む。 「でも……」 口ごもりながら、高耶はもう一人の人影を探した。 いつのまにか、車を降りていたその人は高耶の縋るような視線に気づくと、ひょいと肩をすくめてみせた。 「今さら反対するくらいなら、わざわざ運転手なんて買ってでませんよ。あなたは弟の生きる気力を掻き立ててくれた…いわば、命の恩人です。 一度、家にも遊びに来てください。皆で歓迎します。瀕死のこれをさっさと見限った元婚約者など及びもつかないぐらいにね。 さて、ご両人。感激の再会はひとまず其処までにしておいて、私としてはそろそろ家に上げてもらい、 家主殿にご挨拶をして、さらには今後のことなど話を煮詰めていきたいんだが……」 もってまわった催促に、まだ地面に座り込んでいた二人が顔を見合わせる。 「…こういう人なんですよ。うちの兄は。昔っから場を仕切るのが大好きなんです」 そっと耳打ちしてくる直江の口調に高耶が思わず吹き出して。 「こらっ!そこっ!聞こえてるぞ」 そう絡んでくる橘の声も笑いを含んでいて。 次々と伝染する愉しげな笑いの発作は、そのまま、続く未来への予兆だった。 |