田舎道には不似合いな黒塗りのセダンが椌木の門の前に停まったのは、それから半年後のことだった。 見掛けぬ車に、いったい誰だろうと近づきかけて、はっと高耶の足が止まる。 運転席にいるのは一度逢ったきりの直江の長兄で、 その人は降りるそぶりも見せず、 ただ複雑な表情で高耶に向って一礼した。 反射的に会釈を返しながら、まだ高耶は動けずにいた。 いったいなんでこの人が、此処に? そんな疑問がぐるぐる渦を巻いていて、どうにも視線が外せない。 そうして見つめる運転席の反対側、後部座席のドアが静かに開くのが目の端に映った。 まるでスローモーションのようだった。 大きく開け放たれたドアの隙間からまず見えたのは杖の先。 誰かが慎重に杖を操り、重心を移して車から降りようとしている。 スモークガラスの窓越しにそんな気配がした。 そろそろと片足が見えもう片方が揃えられ屈んでいた背筋が伸びてゆっくりと横顔が現れる。 やがて立ち上がったその人は、ドアと杖とで身体を支えるようにして高耶の方へと向き直った。 心臓を射抜かれた思いがした。 直江だった。 ひどくやつれた姿で、弱々しい声で、彼は、自分の名を呼んだ。 「高耶さん…」 その声を聞いたとたん、ぽろぽろと涙が零れた。 「……なん…で?」 オモチャ箱をひっくり返したよう、一気に溢れ出した様々な感情で収拾がつかない。 滂沱と涙を流しながら立ち尽くす高耶に、直江が近づく。 杖に縋りながら、不自由な脚で、一歩一歩を踏みしめるようにして。 「……なんで?」 手を伸ばせば触れられる距離、それをさらに半歩詰めて、直江は高耶を抱きしめた。 杖が離れバランスを崩し、支えきれずにふたり地べたに座り込むように倒れても、背中に回された手はそのままだった。 「なんで?」 呆けたみたいに繰り返す高耶に、首筋に顔を埋めたまま直江が応える。 「約束したでしょう?迎えに来るって」 そうじゃなくてと、頑なに高耶は首を振る。 「思ったよりリハビリに時間が掛って……こんなにあなたを待たせてしまった。遅くなってすいません」 うめくような直江の台詞に再び高耶は頭を振った。 「だから、そうじゃなくて……おまえ、結婚したはずじゃなかったのか?綺麗で優しくていいとこのお嬢さんがお相手なんだって、そう、お兄さんが……」 「ああ…」 ようやく高耶の不安の正体に気づいた直江が莞爾と笑う。 「そんなもの、とっくに破談になりましたよ。私の伴侶は生涯あなただけですから」 それが、全ての答えとばかりにきっぱりと言い切って。 この日、高耶は、直江に出逢ってから初めて、子どものように大声を上げて泣いた。 |