「なあ、あんた、一晩オレを買ってみない?」 先に声を掛けてきたのは、彼。 媚びるような誘いとうらはら、 喧嘩ごしのキツイ目つきで見据えてくる彼のことを、呆気にとられて見つめ返す。 紛れもなく、男性。崩れた匂いのない、むしろ凛々しい印象の青年だった。 「……あなたを、買う?私が?」 念のために繰り返した問いに、彼は黙って頷いた。 挑むように、強い視線のままだった。 いつもなら歯牙にも掛けずに無視する陳腐な台詞。でも、此の時は違った。 この彼が誘うなら。彼の言い値で付き合おう。 そう思った。 何処で?と、場所を問う。 何処でも。と、彼は応える。 彼が宿を指定しないことに、心の隅で安堵する。 それならばと、馴染みのホテルに連れ込んだ。 彼が口にした一夜の値段は、決して安くはなかった。 「そんな金額を提示するからには、さぞかし素敵なテクをお持ちなんでしょうね?どんな風に悦ばせてくれるのか、愉しみです」 あえて放った意地の悪い問い掛けに、彼は、ゆるゆると首を振った。 「何も。自慢できるような技は持っちゃいない。けど、正真正銘の初物だ。それに免じて金は払ってくれないか? その代わり何でもする。何でも聞く。絶対泣き言は口にしないから」 こちらが気後れするような、真っ直ぐで一途な視線だった。 ああ此の瞳だ。その奥に透けてみえる彼の心根、覚悟の美しさに惹き寄せられたのだと、此の時、悟った。 初物、と、彼は言った。 彼に触れる最初の男になることに眩暈がした。 キスし、 服を剥ぎ、 愛撫を仕掛ける。 言葉通り、彼はとても従順で、そして明らかに行為に慣れていなかった。 息が乱れ、肌が汗ばみ、やがて色づいた乳首がつんと芯を持ってくる。 感じているのにそれを必死に隠そうとするから、声を殺すなと嗜めた。散々に弄くって乱れる様子が見たいのだからと。 一瞬、彼は縋るような目をして―――諦めたみたいに眼を瞑った。 一糸纏わぬ姿の彼を、膝の上に抱き上げる。 灯りを落さぬ室内で、自分だけがケモノのように全裸で昂ぶらされていく。 俯瞰すれば尊厳を奪われるひどく屈辱的な行為だろう。 けれどその被虐が一層の興奮を呼ぶのもまた紛れもない事実。 現に彼は少しずつ快楽を追い始めている。 すすり泣きに似た喘ぎを洩らし、ひっきりなしに首を打ち振り 汗に濡れた黒髪を乱して、縋りつくシャツの布地をしわになるほど握りしめる。 やわやわと彼を追い詰めるその手の動きを止めてほしいのか高めてほしいのか、きっと自分でも解らぬくらいに忘我の仕種で。 顰めた眉。赤らむ目元。強い光を宿していた瞳は欲情に潤んで今にも蕩けだしてしまいそう。 「……俺の名を呼んで。直江、と。お願いだから呼んでみて」 耳朶を舐め上げながら、吐息で囁く。 それすら刺激になったのだろう。彼は水に落ちた犬みたいにぶるっと身体を震わせた。 「なお…え?」 「そう、その調子」 「直江…直江っ!オレ、もうっっ!」 舌足らずに叫んで夢中でむしゃぶりついてくる。 「さあ、一度、ラクになりましょうね」 握りこんでいた彼の分身を激しく擦りたててやる。 ほどなく彼は白濁を吐き出して、ぐったりと弛緩した。 何もかもが、たまらなく、美しかった。 もう、彼を手放せない。 それは予感でもあり確信でもあった。 |