翌朝の高耶は、夢から醒めたばかりの子どものような貌をしていた。 心此処にあらずの芒洋とした笑み。 まだ夢の中みたいにぼんやりと虚空を彷徨う視線。 彼の眠りが悪夢でなく平穏で満ち足りたものだったのが偲ばれて、直江は安堵の息を吐く。 そっと近づいて声を掛ける。 「おはようございます。高耶さん」 はっと目線をこちらに向けた時には、もういつもの怜悧な彼。 でもその顔には緊張と怯えと羞恥が入り混じっていて。 その表情で、たとえ媚薬の作用で正気ではなかったとしても記憶がすべて抜け落ちているわけではないのだと知れた。 昨夜の行為を、高まりきった感覚を、それゆえの乱れ具合をきっと彼は覚えている。 下手に気遣えばかえって居たたまれない思いをさせるだろう。だから、あえて淡々とした口調で要点だけを告げた。 「…あなたを傷つけてはいないはずですが、身体があちこち軋むかもしれない。 鎮痛剤はこれ。痛むときは我慢しないで飲んでください。 食べられるようなら、軽い食事も置いておきます。冷蔵庫とストッカーにも買い置きがありますから、好きに食べてくださいね。 基本、家の中は自由にしてくれてかまいません。 買い物にでても結構ですが、オートロックなので出かけるときには鍵をお忘れなく。 ちなみに此処の下にコンビニとスーパーがありますよ。 夜には戻ります。 それまではゆっくり寛いでいて。……なにか質問は?」 応えは期待していなかった。寝起きの頭では、矢継ぎ早の説明についていくのが精一杯だろう。 とりあえずこれだけ伝えておけば大丈夫だろうと思い極めて、腰を上げた。 「それでは、行ってまいります」 背を向けたとたん、ぱふんと奇妙な衣擦れの音がする。 振り返れば、身を乗り出そうとしたのだろうか、高耶が不自然な格好で突っ伏していた。 「高耶さん!?」 慌てて近づき崩れかけた身体を支えた。 直江の助けを受けながら、高耶は (…なんで?) とでも言いたげな戸惑いの表情を浮かべている。きっと思うように身体に力が入らないのだ。 声もろくに出せない様子に、水を注いだグラスを高耶に手渡した。 「ゆっくり飲んで、喉を湿して。……前に言ったでしょう?私に抱かれたらしばらく足腰立たなくなるって。 それにしても昨夜は無理をさせすぎた。申し訳ない。 どうか今日は一日ゆっくり休んでいてください」 空になったグラスを受け取り、サイドテーブルに戻して、改めて上掛けを掛け直す。 その仕種を引き継ぐように彼は上掛けを自ら引き上げて顔の半分ほども覆ってしまった。目元だけ覗かせて見上げてくるのが、なんとも可愛らしかった。 ごく自然に手が伸びて高耶の髪を撫でる。 「それじゃ、改めて、行ってまいります」 こくんと高耶が頷いて 「……りが…と」 布地ごし隠された口元から掠れた微かな声が聞こえた。 「どういたしまして」 つられて直江も微笑んで今度こそ寝室を後にする。 そして、高耶一人が残された。 |