直江が運命だと信じる高耶との出逢いは、
もしもそれが他人事だったなら、笑わずにはいられないほどベタなものだった。 「落としましたよ」 と後ろから声を掛けられ。 「え?ああ、すみません」 反射的に振り返った とたんに目に飛び込んできたのは、印象的な黒い瞳。 強くてまっすぐな憶するところのない視線。 不意をうたれて言葉もでないこちらの反応に焦れたか、彼は黙って紙片を掌に落とし込む。 「じゃ」 そうして用は済んだとばかり向きを変え雑踏に紛れるように小走りに離れていく彼を、呆然と見送ることしか出来なかった。 凛として綺麗な後ろ姿だった。 見ず知らずの他人のために、わざわざ追いかけて落し物を手渡してくれたその心根同様に。 信号が変って一斉に人波が動き出す。 その流れに押されるようにして歩き始めた男のまなうらには、まだ鮮明に彼の眼差し彼の姿が焼きついていて。 その日から日毎夜毎、スローモーションのように繰り返し、彼の幻影を視た。 神にも仏にも縋ったことはない。けれど、このときばかりは真剣に祈った。 もしも運命というものがあるのなら、もう一度、彼に引き合わせてほしいと。 そして願いは叶えられた。 同僚に恋煩いかと揶揄されるほど心あらずの日々が続き、 購読している雑誌の発売日すら気づかずに過ごして、慌てて行きずりの書店に飛び込み。 残り少ないそれを無事に手にしてほっとしながらレジへ向って―――、其処に立つ人影に息を呑んだ。 彼だった。 「いらっしゃいませ。お品物をお預かりいたします」 マニュアル通り機械的になされる会話、会釈。が、変らず真っ直ぐ見つめてくる視線に少しだけ怪訝そうな色がよぎって彼がまだ憶えていてくれたことに安堵する。 「先日は、ありがとうございました」 会計が済み品物を渡されるのを待って、彼が口を開くより先に丁寧に礼を言った。 「とても大事なメモだったので……、あなたが拾ってくださって助かりました」 「いえ」 義務的なものではない、はにかんだような笑みを彼は浮かべた。それに意を強くして更に重ねる。 「そろそろ閉店時間でしょう?是非お礼をさせていただきたいのですが。お茶でもお食事でも。あなたのご都合さえよろしければ、少しお時間をいただけませんか?」 今彼の顔に浮ぶのは困惑の表情。多少係わっただけの人間にそこまでされる謂れがあるのか、差し出される謝意を素直に受け取っていいものだろうかと戸惑っている。 そんな彼の逡巡は手に取るように感じ取れたけど、ここで引くわけにはいかない。 同じ駅ビルにあるレストラン街の店のひとつの名を告げた。 「そこでお待ちしていますから」 選択権を委ねられて 思案顔の彼が小さく頷くまで暫しの間。それを見届け今度こそ会釈を交わしてその場を離れる。 粘る胡乱な客をさっさと追い払いたかっただけなのか、或いは少しでも付き合ってくれる気になったのか。 果たして彼の真意はどちらにあるのだろう? 窓際の席に陣取って、どきどきしながら彼を待った。 永遠にも思える数十分後、通路の向こうに夢にまで見た彼の姿を認めるまで。 |