垂らされていたのは蜂蜜、だった。 はっと見開いた視線の先に捉えたのは、自分の身体の上、胸のあたりに翳されたマドラーと その先端、露のようにまるく溜まった黄金色の雫。 ぽたり、ぽたりと糸を引いて滴るたび、待ちかまえた男の指がそれを高耶に塗り伸ばしていく。 淡い桜色した左右の乳輪を、なぞるように円を描いて。 粘つく感触。粘ついた音。 触れられているのは扁平な男の胸だし、伸ばされているのだってただの蜂蜜。 そんなのどうってことはない。気の済むまでやればいいと、最初はそう高をくくっていたのに。 緩やかな愛撫とそこから生まれる粘着質な音は、次第に性器を弄くられているような卑猥な感覚にすりかわり高耶を慌てさせる。 うずうずと蠢く衝動をやり過ごそうと固く目を瞑った瞬間、 「…ぅあっ!」 貫くような甘い疼きが脳天まで走って、高耶は再び、かっと目を見開いた。 いつのまにか濃い紅に染まった胸先に、男が顔を埋めていた。 つんと立ち上がった中心を、口腔に含まれ、舌先で転がされ、甘噛みされる。 「あっ、あっ、あっ……」 そのたびさざなみのような快感が全身に広がって、もう誤魔化しようがなかった。 (なんで?オレ、こんな……) 自分で自分が信じられない。 まるで女のように乳首を舐められて感じているなんて。 高耶の陥る惑乱をすでに見透かしているのだろう。必死の面持ちで首を打ち振る様子を、男は笑みを湛えて見上げている。 と、おもむろにその手が脚の間に伸ばされた。 「――――っ!」 勃ちあがりかけていたものを軽く扱かれて、高耶の背が弓なりにしなった。 ぐったりと沈む身体に直江が囁く。 「お利口なカラダだ。ちゃんと感じるトコロを覚えてましたね。でもね、高耶さん、今日はこっちの坊やだけを可愛がるわけじゃないんですよ? 昨日拓いた後ろのお口。その奥にもイイトコロがあるのをこれからじっくり教えてあげる」 いったい、次は何をするつもりなのだろう? 得体の知れない不安がじわじわと広がって、男から目が離せない。見たくはないのに見ずにはおられない。 高耶の視線を引きつけたまま、直江は、再び蜂蜜の絡んだマドラーを手にした。 それを、彼の目の前、二度三度と振り子のように左右に揺らす。思わせぶりに。なにかのヒントを与えるように。 その動きを追いかけるうちに、不意に高耶は悪寒めいた閃きに襲われる。 先程男がグラスの中身をかき混ぜてくれたこのマドラー。小さな珠を繋げたような微妙な凹凸を持つ木製のそれを、数あるカトラリーの中のひとつなのだと、今の今まで自分は疑いもしなかった。 けれど。 この屋敷で生島が使っていたマドラーは、確かもっと華奢なつくりの銀製のものではなかったか? ならば、てらてらと濡れて光るこの棒の正体は、ひょっとして――――? みるみる強張る表情に、我が意を得たりとばかりに直江が笑った。 「どうやら解ったようですね。お察しのとおり、これは後ろを慣らすための道具です。その最初の一本。一番細いサイズですよ。 これぐらいなら、辛い思いはさせずにあなたの中に挿入れられそうだ。ほら、このとおり、蜜で滑りもいいことだし」 そのぬめる先端を高耶の唇に滑らせる。 「ところで、どんなふうにしましょうか?犬みたいに四つん這いになりますか? それともそのまま仰向けで自分で脚を開いて、詰め物をする七面鳥の格好で受け入れてみる?私はどちらでも構いませんが。 せっかくだから、高耶さんに選ばせてあげる」 応えを促す暫しの沈黙。 だが、慄く唇からは言葉など出ようはずもない。 塗られた蜜を舐め取ることもせずに、直江をみつめ、高耶は放心したように小さく口を開けたままだ。 周到に巡らされた蜘蛛の糸に絡め取られる自分の幻影が視えた気がした。 身体だけではない。この男は高耶のすべてを堕とすつもりでいるのだ。 目の前にぱくりと口を開けた奈落の闇。 でも、もう、逃れようはない――――。 男の見ている前で、のろのろと身を起し、反転させた。 その弾みで、袖だけを通していた衣が肩口から肋にかけて滝のように片側へと流れ落ちる。 露わになった背中。双丘。 供犠のように自分に差し出される白い裸身を、目を細めて直江は見つめる。 「本当に、潔いひとだ……」 なだらかな曲線を描く背中を愛しげに撫で下ろして、その先の肌のあわいを割り裂いた。 にちゃにちゃと粘着質の音をたてて、真珠珠ほどの丸みの連続が襞を捲り上げ狭い窄まりを往き来する。 その淫猥な音と刺激を、高耶は枕に顔を押し付け、歯を食いしばることで耐えている。 抜き差し自体に痛みはない。 男は、潤滑代わりの蜜を半分ほど埋めた棒に伝わらせるようにして、少しずつ、内部にも注ぎ込んだのだ。 「蜂蜜は擦り傷の痛み止めにも効くんですよ。念のために、たっぷりといれておきましょうね」 と、そんなふうに嘯いて。 確かに痛みは感じない。けれど痛みのほうがまだマシだったと思えるのに、そう時間は掛からなかった。 内部を擦られて湧きあがる快感。 ある一点を掠めるたびに、火花のように閃光が疾り身体が戦慄くのをとめられない。 その刺激がもっと欲しくて、思わず腰が揺らめいてしまうのも。 色情狂にでもなった気がした。 恥かしい場所に恥かしい道具を挿入れられて、それで感じてしまう自分が信じられない。 浅ましい己の反応を認めたくなくて、高耶は布地を握りしめ、必死で声と感情とを押し殺す。 高耶を苛む快楽は半ば生理的なもの。その一点を圧されれば男なら誰でも達するポイント。 それを承知していて半端な刺激を与える男もまた、高耶の陥る淫らな煩悶を極上の美酒のように愉しんでいる。 わざと内部を掠めては、ひくひくとうねる背中に囁きかけた。 「この中、こうやって擦られると気持ちよくて仕方がないんでしょう?顔を隠してたって無駄ですよ。カラダは正直に応えている。 ほら、あなたの坊やからもこんなに蜜が溢れてもうべとべとだ。ふふふ…こっちにも塗ってあげましょうか」 蜂蜜とも先走りともつかぬ粘液を彼の性器から掬い取ってはそのすぐ上、毛を抜いたばかりの微かな膨らみになすりつける。 きわどい場所、敏感な部分。でも、決定的な刺激にはなり得ない部位へ施される愛撫に、堪えきれずに高耶の肩が大きく揺れた。 「どう?舐められるのとどっちが好き?それともやっぱりいやらしい後ろのお口の中がいい?」 枕に顔を埋めたまま、高耶が弱々しくかぶりを振った。肩口の震えは小刻みなものに変わっている。きっと、彼はもう、泣いているのだ。 「……本当はあなたのその意地っ張りな上の口から聞きたいところですが。 昨日の今日だ。あんまり虐めるのはやめておきましょうね。ほら。イって。高耶さん。あなたの一番イイトコロで」 高耶の限界を見て取って、直江は過たず快感点を強く擦りあげ彼の射精を促した。 「――――ぁっ!」 シーツにぱたぱたと零れる白濁。あえかな声。 そのまま崩れる腰を片手で支えながらゆっくりと横たえてやる。 ようやく力の抜けた指から、枕を取り上げて、彼の表情を窺った。 荒い喘鳴。上気した貌。潤んだ黒眸。どこまでも魅了してやまない蠱惑を無意識に振り撒くこの存在。 こくりと唾を飲み込んで、まだ茫洋としている高耶の頬を軽く叩く。 「あ……」 ようやく焦点があい、正気に返って顔を赤らめる彼に昂然と命じた。 「次は、私につきあってくださいな。あなたのその口で、私を満足させるんです」 「………」 言われるままに高耶は、胡座をかく直江の股間に顔を臥せ、猛々しく勃ちあがったその分身への奉仕をはじめる。 四つん這いに這う姿勢、後ろにはまだ尻尾のように端が突き出す淫具を埋めたままで。 ぴちゃぴちゃと淫猥な音が室内に響く。 高耶という華を歪に咲かせ散らせるための、二度目の夜がこうして更けていった。
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