天上散華 4

―L'ESTRO ARMONICI 2.5〜3.5―






渡されたのは釦もホックも結び紐もない、異国風の衣装だった。
袖を通し、それでもたっぷりと余る身頃の布地をどうしたものか、 首を捻りながらも身体に巻きつけ、添えられていたサッシュでとめてみる。
そうして姿見に映った自分の姿は、まるで赤いドレスを纏ったようだった。
もちろん踝までのシルエットと、 飾り布のようにリボン結びにしたサッシュがそう見せているだけのこと。 真紅という色を別にすれば、肌のほとんどを覆い身体の線をも隠してしまうこの夜着は、むしろ慎み深い印象を受ける。
劣情を煽るようなきわどいものではなかったことにほっとながら一歩を踏み出そうとして、高耶は不意に顔を赤らめた。

あの男に撫でられた気がした。
そう錯覚してしまうほど、剥き出しの素肌に触れるさらりとした衣擦れの感触は艶めかしかった。
しかも、この夜着は足の自由がきかない。踝の丈まで巻きつけられた布が邪魔をして、普通に歩くことが叶わない。
歩きやすいようにともう一度帯を解いて布の袷を緩めれば、今度は襟元が深くはだけスリットのように割れた裾から脚が覗く。
鬱血の痕まで曝すのは我慢がならず、また下着をつけない下肢が見えすぎるのにも抵抗があって、 高耶は何度も帯と袷の調整を繰り返した。



「ああ、思ったとおりよく似合う」
ようやく身仕舞いを終えて、おぼつかないすり足で寝室に戻った高耶を寝台へと手招きして座らせると、男は、傍らのワゴンに用意されていたグラスを差し出した。
「?」
グラスの中身は透明な赤い液体。
おなじものを手にしながら、直江が言う。
「故郷で飲まれているハーブティーです。体にいいんですよ。疲れているときは特に。 少し癖がありますから、お好みで甘味をどうぞ」
「……どうも」
時間の掛かりすぎた仕度に嫌味のひとつも覚悟していたのに。 平穏すぎる会話に戸惑いながらも、高耶は手にしたグラスを口に運んだ。
「!」
とたんに顔を顰める高耶をおもしろそうに直江が見つめる。
「……だから言ったでしょう。癖があるって。私は飲み慣れているから苦にはなりませんが」
言いながら、ピッチャーを取り上げて高耶のグラスにとろりとした蜂蜜をそそいだ。
マドラーでくるくる攪拌までしてくれた直江に再び目線で促されて、今度は、用心深く口に含んだ。
「美味しい…」
爽やかな甘酸っぱさに思わず顔が綻んだ。
「それはよかった」
こくこくと、残りを一気に干してしまう高耶の仕草に直江も微笑む。
そして、飲み終えたグラスを受け取りながら、よどみのない動きで高耶の上体を引き倒した。

突然反転した視界に目を見開きながら、それでも高耶は抵抗はしなかった。
するりと解かれるサッシュ。滑りのいい絹が左右に流れて自然と肌が露わになる様子を、直江は、凝と見つめている。
赤い絹を褥に敷いて横たわる、翳りをもたない人形めいた白磁の身体。
「すっかり腫れも引きましたね。それにしても、ココの肌色、青味を帯びたすごい色味だ。とても綺麗ですよ。高耶さん」
昨夜の施術の跡をうっとりと眺め、丹念に撫でさすっていた直江が、おもむろにその部分に唇を落とす。
きわどい場所への口づけに身体がぴくりと反応した。
「ふふ…。まだ沁みるの?それとも、感じちゃったの?」
舌先で舐りながら、視線だけを上げて揶揄するように訊いてくる。
「ねえ、高耶さん、教えて。ぴくぴく震えているのはどっちのせい?」
「もう……っ、やめ!」
卑猥すぎる問いかけをたまらず高耶が遮った。
「やるんならさっさとしやがれっ!この変態っ!!」
「おや、ずいぶんと威勢のいいお人形さんだ。でも少々ガラが悪くなりましたね。 礼法の授業を止めたとたんに以前に逆戻りですか?私としてはもう少し含羞を匂わせてほしいところですが」
悔し紛れの罵りを、直江はあっさり受け流す。それに、と、穏やかな口調で男は続けた。
「あなたが誰の持ち物なのか、忘れたの?私の意向に沿うことも大事な役目なんですよ?」
ぎくりと身体が強張った。頭をだけをあげて窺った直江の瞳は笑ってはいない。
自分という玩具には意思も拒否権も許されないのだと、そう思い知るには充分なほど酷薄な眼差しだった。
くたりと力を抜いて目を閉じた。
従順というよりは不貞腐れたようにも取れるその態度に、直江は今度は苦笑を洩らす。
「その潔さがあなたの魅力ではあるけれど……。ねえ、高耶さん、あなた、勘違いしてますよ」
「……」
「昨夜も言ったでしょう?すぐにあなたと繋がる気はない。狭くて固い入り口が、せめてもう少し熟れてくれないことにはね。 さいわい感度はよさそうだから、仕込む間も愉しめそうだ。もちろん性欲処理はあなたにも手伝ってもらいますよ。生意気ばかり言うその上のお口を塞いであげる。 まずは、おさらいをしましょうか。昨日、なぞって教えてあげたあなたのイイトコロ、どれだけ身体が憶えているか、確かめてあげますよ」


あまやかな声音で話す秀麗な貌をした獣がのしかかってくる。
胸元にひやりと冷たいものを落されて、高耶の咽喉から引き攣った声が漏れた。





戻る/続く







とうとう高耶さんに啖呵切らせてしまった<「さっさとしやがれ。この変態っっ!!」
いやほんとに変態なんだけど…(ーー;)
あ、お茶はローズヒップのイメージで。昔、えらく酸っぱかった思い出があります。






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