終わりなき夜の押印 4

―L'ESTRO ARMONICI 2.5〜3.5―






荒涼とした冬枯れの地にも時至れば若草が萌えだすように。
高耶のこがみも、やがて、淡い翳りを取り戻す。
なだらかな下腹部にうっすらと生えそめだした柔らかな和毛にこげ。それが、格好の男の慰みとなった。


「本当にあなたのここは手触りがいい……」
夜着を解き露わにした裸身に添い伏して、煙るような叢を弄う仕草を、飽くことなく直江は続ける。
一方の高耶は虚ろな瞳で天蓋を見つめたままおとなしく男の愛撫を受けている。
はじめの頃の気概はもう見られない。 抗う気力も尽きてしまったようにただ黙って身体を差し出すだけだ。
どれだけ触れても揶揄してもまるで歯応えのない人形めいたその様は、元凶であるはずの直江が思わず微苦笑を浮かべるほどだった。
思惑通り、連夜の行為は着実に高耶の心を疲弊させ、身体を作り変えている。
その証拠に、ほら。
まだ生えはじめたばかり、指先で摘めるかどうかの長さの柔毛を撫でたり梳いたりしていた手を、彼の性器に絡めた。
とたんにぴくんと震えが走って、ソレはたちまち反応を示す。
「……あ……」
高耶が小さく吐息を洩らした。
まだ天蓋をみあげたまま。 その瞳にほのかな情欲の色を刷いて。
心がどれだけ乖離していても、やはり身体とは繋がっている。刺激を受けて湧き上がる快感に無関心ではいられない。
ならば、極上の快楽を彼に与えて心ごとこちらに引きずり戻してやろう。 逃げることは許さない。その身はもちろん心も誰の所有なのかを知らしめるために。
ゆっくりと彼に覆いかぶさるとその頬に口づけを落とした。
ようやく自分に向けられる茫洋とした視線に微笑んでみせて、幼な子にするように言い含める。
「痛いことはしないから。すこしだけおとなしくして」
きつすぎないよう、さりとて簡単には抜け落ちないよう両手首を戒めると、柱に括りつける。 そして目元をゆったりと布で覆った。
視界と自由を奪われて不安そうに身じろぐ、その彼に囁いた。
「大丈夫。本当に酷いことはしませんよ。視覚を封じた方が他の感覚が鋭敏になるでしょう? 気持ちのいいことだけ感じていて」

最初に感じたのは、鼻腔をくすぐる芳香。
くんと鼻をうごめかせて確かめるまもなく、羽毛のように柔らかな何かがさっと頬に触れて離れていった。
鳥肌の立つようなその感触に、おもわず高耶は身を竦める。
笑いを含んだ男の声がすぐ傍から聞こえた。
「そんなに怯えないで。最高級の白粉が手に入ったのでね。あなたにもどうかと思って。もちろんあなたの滑らかな肌には必要のないものだけれど。 たまには気分が変っていいでしょう?お人形さんみたいに綺麗にしてあげる。この化粧用の刷毛でね、全身薄くくまなくはたいてあげますよ」

そう言って、男は次の戯れに移った。

身体のあちこちにしなやかで柔らかなタッチが次々と降りかかる。
白粉の放つ豊満な香りにはすぐに慣れた。けれど、皮膚を掠める感触はそうはいかない。
頤から首筋、鎖骨。胸。
無防備に晒されている腋下。わき腹から腰骨のあたり。
弱いところばかりを狙いうちするような触れ方をされてそのたび高耶はびくびくと魚のように跳ねあがる。
視界を閉ざされているから身構えようにも予測ができない。かすかな衣擦れ、僅かな空気の動きで男の位置を察するだけだ。
そうやって研ぎ澄ます感覚がますます性感を高め自分を追い詰めることにも気づかずに。
ひきしまった下腹から鼠蹊を撫でられ反射的に内股を閉じれば、 刷毛の感触はそのままするりと外腿に回って膝裏を探る。
「……ああっ…んっ……んんっ!」
くすぐったさに身をよじり、鼻にかかったあまったるい声が洩れるのをどうしようもない。
優しくもどかしい愛撫を受け続けるその皮膚の下では、いつしか、決定的な刺激を求めて熱く血流が滾っていった。

高耶の肌が次第に紅潮していくのを、直江もまた息呑む思いで見つめている。
まるでこの世のものではないような、匂い立つばかりの艶姿だった。
白粉の微細な粒子のきらめきを身に纏いながら、手首を柱に括られ目隠しをされ虜囚のごとく身悶えする薔薇色の肢体。
切なげに擦りあわせる下肢の中心には、誘うかのように蜜を滴らせた雄の象徴が屹立している。
我知らず、ごくりと喉を鳴らして、直江は広げて折り畳んだ彼の脚の間に身を割り込ませた。

「ひっ!」
小さく開いた高耶の唇から媚を含んだ悲鳴が洩れた。
待ち望んでいたはずの、性器へ直接触れられる刺激。 それは、思いもよらぬ手段で与えられた。
熱く柔らかく濡れた粘膜に包み込まれて、やわやわと舐られ先端を吸われて、暗い視界に光が弾け、 何を考える余裕もなく、そのまま一気に昇りつめる。

「――――っ!」
顎を突き出し背中を撓らせ足指を突っ張らせて、高耶が達した。

射精後の痙攣がおさまり身体が弛緩するのを見澄まして、まだ忘我の境地を漂う彼を容赦なく直江が引きずり戻す。
「あなたにしてあげたのは初めてでしたね。どう?気持ちよかった?」
正気に返ったとたんに羞恥が湧き上がったのだろう、赤く染まった頬を背けるようにかぶりを振る彼が可愛らしくてたまらない。
直江はさらに高耶の脚を大きく割った。
「坊やは悦んでも、まだこちらのお口がもの欲しそうだ。これで我慢してくださいね」
つい最前まで高耶に施していた化粧刷毛。それをくるりと逆さに持ち替えると、直江は、おもむろに握りの部分を高耶の内部へと埋め込んだ。
「やっぱりこっちの刺激は格別でしょう?ほら、また坊やが元気になった」

さらに赤味を増す頬、戦慄く唇。
でも、これだけでは足りない。
どれほど言葉で嬲ってみても、印象的な瞳の隠されている今、彼の陥る惑乱の全容は窺えない。 能面のように抑えられた表情が、男の生々しい衝動をさらに駆り立てる。

手首の戒めだけを解くと、荒々しくその身体を前に据え伏せた。
惑うように見えない目線を彷徨わせる彼に、猛る男根を押し付ける。
「手は使っちゃいけませんよ?口を開けて四つん這いのまましっかり踏ん張ってなさい」
仕草とはうらはらな穏やかさで言いつけて、直江は己が腰をゆらめかせて高耶を蹂躙し始めた。

「こうしていると本当に愛玩動物そのものですね。こんな柔らかなまるい尻尾まで生やして。とても可愛らしいですよ。高耶さん」
荒ぐ呼吸を隠そうともせず直江が責める。尻の狭間にのぞく毛玉を小刻みに弄りながら。

口腔を犯されながら直江を見上げる高耶がどれほど潤んだ瞳をしていたとしても、その想いは伝わらない。 滲む涙は布地に吸い取られ、言葉を紡ぐはずの唇は男のもので封じられ、呼吸さえ男の意のままに操られて。
人間ひととしての尊厳なんて何処にもない。ただ動物のように昂められ観察されて、欲望を吐き出す道具として扱われるだけだ。

未来さきがみえない。

布の隙間を潜り抜けて、一筋の涙が頬を伝った。すべての仕打ちに対する抗議のように。
それを認めた直江が、いっそう動きを忙しくして逐情を遂げる。ほとんど同時に高耶もシーツに白濁を散らして沈み込んだ。

高耶は知らない。
白粉を刷くのに使われた化粧刷毛が、過日に抜かれた自身の毛で作られていたことを。
無理強いに一度は奪ったものを淫具に仕立てて返してよこす男の根深い意趣を。

褥に蹲ったままの姿勢で高耶は意識を飛ばしている。
深い眠りは現の悪夢から逃れるためのもの。
今宵の伽が終った今、もう彼は朝まで目覚めることはない。
そっと目隠しの布を外して、泣き腫らした子どものような寝顔を見つめ、まだ体内に埋まったままの梵天へと視線を流す。

「今日こそ、引導を……そう、思っていたんですけどね……」

高耶の視界を塞いだのは単なる戯れなのか、或いは決定的な事実を伏せるための情けだったのか。
額に張りついた髪をかきあげてやりながら、呟く直江もまた、自らの激情と行く末とを読みきれずに、深い惑いの中にいた。




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キチクなお話、これですべて終了です。
散華の脱毛のときから、このネタはあったんですが(爆)
さすがに書くのはしばらく躊躇ってました。時系列でいえば翡翠の前か後かも微妙なところ。
お好きに並べ替えて下さると嬉しいです。
長々とおつきあいくださいまして、どうもありがとうございましたm(__)m







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