「……よっつ、いつつ、むっつ…」 再び男が数を唱える。 「ななつ…やっつ、九つ。ほら、やっぱりあなたは嘘つきだ。 ココのお口は全然ムリだなんて言ってませんよ?こんなに美味しそうに頬張って、まだ欲しいって俺の指まで咥えてる… もっと、食べさせてあげましょうね」 あまく詰りながら、直江は、横抱きに腰を抱えて露わにした窄まりに十個目の珠を含ませた。 男の揶揄も耳に届いていないのか、高耶は人形のようにされるままになっている。 胎児のように背中を丸め腰高に抱き取られて傾斜のついた体内に異物を埋め込まれていく先程と同じ行為を、ただ虚ろな表情で。 もう感情のシナプスが焼き切れたみたいに。 あの後、精液まみれで崩折れた高耶を置き去りに、直江はしばらく寝台を離れた。 絞ったタオルで顔を拭われてようやく目は開けたものの、その瞳にはもう何も映さない。 立て続けの仕打ちに放心しきった高耶の様子に直江は眉をひそめたが、すぐに口角つりあげると、 その身体を思いのままに組折って再び翡翠を飲ませ始めたのだった。 「……全部で十二個、さすがにもう満腹みたいですね」 くすくす笑う男の声を、高耶はどこか遠くに聞いていた。 冷たい石をいっぱいに埋められた下腹が妙な具合に重苦しく張っている。 それを確かめるかのように男の掌が丹念に下腹部のあたりを探っていく。 内と外から感覚はしきりに訴えるけど、それもやはり壁越しの囁きのように微かなものだ。 もう何も見たくないし感じたくもない。散々に嬲られたこの身体を今さら護る必要もない。 すべてを男に明け渡して、ただ、このまま泥のような深い意識の闇に落ちこんでしまいたかった。 けれど、そんな高耶のささやかな逃避すら、直江は許そうとはしなかった。 ふいに身体を起こされた。 「――っ!」 身体の中から圧迫される。 ずるずると異物が蠢く異様な感覚に、遠のきかけていた意識が現実へと引き戻される。 「……うう……っ」 思わず洩れ出た自分の呻きをきっかけに、それまで霞のかかっていた五感が急に鮮明になった。 やけに光が眩しい。と、眇めた視界に誰か人の影が映った。 (え?) あり得ない状況に、慌てて眼を凝らす。そして、ようやく焦点があい、その正体に気づいた時、高耶の喉から悲鳴が迸った。 いつのまにか室内の灯火が増やされ、寝台のすぐ脇に大きな姿見が立てかけられている。 誰かの影と思ったものは、鏡に映った高耶自身。 昼のように明るい中で後ろ抱きに男に抱かれ、大きく脚を広げられ性器も後孔も恥かしい場所すべてを晒している全裸の自分のあられもない姿だった。 「どうです?とても魅力的でしょう?後ろに玩具いれられただけで欲情しちゃうカラダなんてそうそうお目にかかれませんよ?」 侮蔑を含んで男が囁く。 逃れようとする身体をがっしりと拘束し、背けようとする顔を正面にしっかり固定して。 大きく眼を見開いた白痴めいた自分の顔も、そのすぐ後ろ、寄り添うような男の顔も、鏡は正直に映している。 鏡の中の直江が笑った。 「直に見るのも素敵だけど、鏡越しというのも悪くない眺めですね。こうしてあなたの表情がはっきりと解る……。 さあ、お腹いっぱい食べた珠、今度は自分で出してみせて?」 もっとも、我慢して我慢してそれでも零しちゃう時のあなたの泣きべそを見るのも捨てがたいんですけどね……。 そう、直江は嘯いた。 いやだ、直江。お願いだから許して。 必死の哀願は、もちろん聞き届けられることはなかった。 そうこうする間にも珠はじりじりと下がってくる。今は意志の力で絞っている入り口が、貴石の重みに押されて少しずつ盛り上がってくる様子がくっきりと鏡に映る。 高耶の額に冷たい汗が滲んだ。 徐々に襞が開いていく。時の満ちた花の莟がきつく巻いたその螺旋を緩やかに綻ばせるように。 もう、とめようがない。伸びきった襞がついに小さく口を開け、中から鮮やかな色味が覗いた。 その翠の色はみるみる丸く大きく盛り上がり後孔を潜り抜けて、やがてあっけなくほど簡単に高耶の身体から離れていった。 時間にすればほんの僅か。顎をきつく押えられ無理やりにその光景を見せられた高耶には、気の遠くなるほどの間だった。 「…あぁ……」 恍惚とも虚脱ともとれる声が洩れた。 瞬きを忘れていた眼に、今度は涙の粒が盛り上がる。 「ふふふ、泣くぐらい気持ちよかった?まだこの快感を十一回愉しめますよ」 「いやあぁぁっ!」 顎を掴む手を払いのける勢いで高耶は激しくかぶりを振る。 「頼むから。もういやだ。許して。……お願いだから、鏡除けて…」 「自分で出すとこ、見たくないの?」 首振り人形のように彼が頷く。 半狂乱の態で泣き縋る高耶に、直江は、わざとらしい溜め息をついてみせた。 「仕方ないですね。じゃ、見えないようにしてあげる」 そう言うなり、放ってあったローブのサッシュを片手に探った。 「おとなしくしてなさい」 有無を言わさぬ口調で命じて、彼の髪に溶け込むような漆黒の布で目隠しをした。 目元が隠された分だけ鼻梁や唇、顎のラインが際立って、彼の顔を、ますます禁欲的なものにみせている。 その彼は掌の小鳥同然。一時的に拘束が解かれたところでもう膝から逃げ出すこともかなわないのだ。腹に仕込んだ玉石が、彼の自由を封じている。 さらに視覚を奪われて、不安にか安堵からか、震える彼を抱きしめた。 「……もう、恥かしい処は見えないから平気でしょう。早く、残りを出してしまいなさい。それとも手伝ってあげましょうか?」 腿を持ち上げ下腹部を撫でさする手の動きが意図的なものに変わった。微妙な力加減で腹の異物を押し下げる。 同時に高耶のオスを扱きあげ、その抵抗を殺いだ。 「…あっ……ああっ…」 程なく高耶は次の翡翠を産み落とした。 カツーン…と澄んだ音が響いて、その意外な音の大きさにはっと身を竦ませる。 「ふふふ、眼は塞ぎましたが音なら拾えるでしょう?下に銀盆があるんです。 あなたの奏でる音色、しっかり聞いていて」 慌てて締めようにも、もう力は入らなかった。 カツーン…カツーン…カッ、カッ、カツーン……。 次々と翡翠の珠は高耶から零れ落ちて、雨だれのように玲瓏な音を響かせる。 立て続けに内部を掠める刺激に前が弾けた。 飛び散るはずの白い飛沫は男の手で塞き止められて、先端から棹を伝い会陰へ流れて翡翠の珠とともに銀盆の上へとろりと滴る。 それがたまらなく淫靡な眺めで直江は眼を細めたけれど、見えない眼をさらに背けた高耶は薄く開いた唇を慄かせている。 自らの逐情と、耳を犯す音と。 身の置き所がないほどの羞恥に苛まれているのだ。 カツーン――……。 最後の珠の余韻が消えて、遊戯は終った。 再び力をなくし嗚咽に震えながら、高耶は、ぐったりと自分を嬲る男にもたれかかった。 まるで本当の恋人のように、こんなときだけ、男の手は優しくなる。 出口の見えないこの闇がいったいいつまで続くのだろう。 身体は繋がずただ淫具だけで昂ぶらされる伽が。 いや、これは伽とすら呼べない手慰み、男の玩具だ。 ようやく意識を手放すことを許されて、高耶は一時の眠りに逃げ込む。 だから気づきようがなかった。 閉ざした瞼をさらに隠した自分の顔を見つめる直江の表情が、ひどく優しく、苦く、痛々しいことに。 |