天音
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この地方を統べる領主の使いが伝言を携えて直江の許を訪れたのは、街中の旅籠に旅装を解いた二日後のことだった。
諸国遍歴の見聞をご披露願いたく、ついては当屋敷に逗留願えまいかとの 慇懃な申し出に、直江は薄く笑う。
帝の懐刀と称され将来を嘱望されていたのはもうずいぶん昔のこと。 国許と袂を別って何年にもなるというのに、人の口とはいい加減なものだ。 実は密命を帯びての出奔だとまことしやかな噂がついてまわり、流浪の身となった今も利用価値を見出そうとする輩の懐柔が後を絶たない。
もっともそれはそれで糊口を凌ぐひとつの手段であり、より上等になるはずの食事とベッドを断る理由はない。
往時をしのばせる優雅な態度で直江はその招待に応じた。

そうして赴いたのは、郊外にある瀟洒な屋敷。 用意された部屋でゆったりと寛いでいると、やがて闇に紛れて主の到着を告げられた。
微行とうらはら、繰り広げられたのは己の権勢を誇示するかのように華やかな宴だった。
贅を凝らした酒肴と選りすぐりの美姫の饗応。洗練された余興の数々。
それらを愉しみながらも、直江は、頃合を量って口に上せた主の本題に関しては曖昧に言葉を濁した。
半ば予想していたその話はもとより即答できる類のものではないのだ。
それは先方も充分わきまえていたらしく、煮え切らない態度に焦れることなく更なる滞在を望んで、領主は別邸を後にした。

汚れ仕事に雇おうとする一介の剣士相手に屋敷をひとつまるまる提供するとは剛毅なことだと、寝室に引き上げながら皮肉に思う。
宛がわれた続き間は明らかに主人用のそれ。家具も調度品も見事な細工が施されている。
書き物机に置かれた精緻な透かしの文鎮があった。これひとつでも一財産だ。 そんな下世話なことを考えながら掌に取りその重みを確かめる。玉に浮き出た細かな文様をしげしげと眺めていると、背後に微かな気配を感じた。

まるで灯火の届かぬ暗がりから湧き出でもしたよう、扉の傍らにひっそりと佇む人影があった。



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なんとも気恥ずかしいなんちゃってファンタジーもの(おい)
主眼は高級娼婦の高耶さん♪(←殴)
しばらくお付き合いくださるとうれしいです





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