「どなたかな?」 容易に後ろを取られた動揺を押し隠して声を掛ける。 「騎士殿の無聊をお慰めするよう主から申し付かってまいりました。一曲なりとお聞かせしとうございます」 心地く響く滑らかな声。ちょうど手にした玉の手触りのように。女性のものとは違う、まだ大人になりきらぬ青年の声だった。 なるほど、と、意図を察して苦笑が洩れた。 一人寝は寂しかろうと誰かが気を回したらしい。最前の宴では盛んにしなだれかかる美女たちにさしたる関心を示さなかった、その結果がこれか。 男と同衾する趣味もないがつき返したのでは角がたつ。幸い長衣をまとったこの伶人は胸に楽器を抱えているし、たしかに暇つぶしにはなるだろうと、鷹揚に頷いた。 「では、そのように。この地に伝わる古謡でも」 許しを得たことに一礼して、伶人は室内に歩みを進めた。 寝椅子の正面、壁を背にした一隅に敷かれた毛皮と異国風のクッション。其処が予め決められていた演奏の場所なのだろうか。 優美に長衣をひらめかせて伶人は直江の前を横切り、おもむろに片膝を立て腰を落とした。 ヴィィィーーン。 撥が弦を弾いて嫋嫋たる音が響いた。 その一音で、彼の奏でる世界に引きずり込まれた。 音が視える。 室内の風景に、二重写しに別な光景が重なる。 遥か眼下に視えるのは荒れ狂う暗い海原。雷鳴。 咆哮を上げ、身を咬むようにのたうちながら龍が疾る。 かき鳴らされる弦の音はやがて直江を巻き込み龍の内面へと同調する。 引き裂かれた憤怒。哀切。再び見えんとする希。 朗々たる響きに寄り添うように、ひめやかな鈴の音が混じりだした。 求婚唄だ。 ひとつになりたいと、半身を恋うて内なる情動が溢れだしていく。 ヴィィィーーン。。。 唐突に音が切れて張り倒されでもしたように、再び視界がぶれて元に戻った。 気がつけば粘つく汗を滴らせ獣のように荒い息を吐いていた。 これが、唄の力なのか。 血走った眼で伶人を見据える。その彼もまた、額に汗を滲ませていた。 苦しげに寄せられた眉。上気した頬。小さく喘ぐ半開きの口唇。 ひたと、直江を見つめる潤んだ黒眸はまるで――― 「騎士殿―――」 掠れた声で彼は言った。身をよじりながら縋るように。 「どうか、一夜の情けを―――」 抗いようもなかった。 |