天音
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ぐるぐると頭の中が回っている。
譲の言葉、直江の言葉。
嘘だと否定してしまいたかった。龍だの帝だの関係ない、自分はそんな大層なものじゃないと。
でもそれが真実だということを心の隅では納得している。理屈でなく本能の部分で。
自分たちにしか扱えなかった不思議な珠。聞き覚えていた琵琶の旋律。おぽろげな母の面影。 あれほど慕っていた兄の存在が今となってはなんの重きも為さないこと。
長いこと無意味でばらばらだった事実の欠片が、本来の居場所に収まりひとつの絵を組上げていく。
けれど、ひとつ嵌まらないもの。それが、直江。
思えば彼との出逢いが始まりだった。其処に作為はあったのか否か。 この男を愛してるとはっきりと自覚した今、疑うのは辛いことだったけれど、それでも今までのように蓋をしてやり過ごすわけには行かない。
長い沈黙の後、高耶は真摯な眼差しを直江に向けた。その一瞥で胸中を察したのだろう、譲の後を引き取って直江もまた静かに語り始めた。

「あの屋敷であなたと出逢ったのはまったくの偶然でした。 代々帝に仕える家柄には違いありませんが、その不毛さにいい加減嫌気が差して逃げ出したんです。 お恥ずかしい話ですが気ままに遊び暮らせればそれでよかった。気概もプライドも捨てた無頼の暮らしは心地よかった。そうして流れているうちに北条殿の目に留まり、あなたに出逢った。 ……本気であなたを手に入れたいと思いました。依頼された暗殺も納得ずくで引き受けたんです。 猜疑深いあの人が私まで処分する二の手を用意していたことも見抜けずに。あの時命を取り留めたのはこちらの陛下のおかげです」
深々と頭を垂れる直江に、譲は気のないそぶりで肩をすくめた。
「別にあなたを惜しんで助けたわけじゃない。北条の尻尾を掴むのに大事な生き証人だったから表向き死んだことにしてこっそり此処に引き取った。 けど、いざその瀕死の刺客の顔を見てみれば、見知った元の守役だしおまけにその身体には龍の残香が沁みついてるし。 本当に死なせるわけにはいかなくなって、懸命の延命措置ってやつを施したんだよ。 その甲斐あって、直江さんから貴重な情報がとれた。でも、肝心の高耶の存在が視えない。呼びかけても応えはない。同族なら何処にいても届くはずなのに。 これは由々しき事態だ。 よほど深く心を閉ざしているか囚われているかだと思って、しばらく北条殿を泳がせておくことにした。 彼はまんまと都におびき出されてくれたよ。 もっとも、その数年の間、高耶には辛い思いを重ねさせたし、此処に閉じ込めた直江さんも荒れ狂ってそりゃあ大変だったけどね」
さらりと話を括りながら、譲もまた真摯な態度で高耶に向き直った。
「絶望の檻に閉じ込めるような日々を無為に送らせた。無理やり傷口広げて試すようなこともした。弁解のしようはない。けれど、僕はどうしても君を覚醒させなきゃならなかった。 外界を全て拒否して殻に篭った君の目を覚まさせるには、あれぐらいの仕掛けが必要だと思ったんだ」
それが露台での真相。
直江しか要らない。 心の奥底に沈めたたった一つの希。それだけを一心に求めた時に、枷は外れた。 空間と結界とを超えて瞬時に愛しい者のところへと移動したのだと、おぼろげながら高耶は察した。自分は確かに龍に化身したのだ。

自分に為された数々の策略を明かされたのにも関わらず、不思議なほど譲に対して怒りは湧いてこなかった。
うつけを装い可愛らしい容姿を隠れ蓑に、この青年帝もまた高耶の及びもつかぬ世界を相手に戦っているのだ。 責める気にはなれない。それよりはむしろ―――
「直江を助けてくれてありがとう。本当になんて礼を言ったらいいか……」
潤んだ瞳で衒いなく感謝を告げられ、譲の方が目を瞠り明後日のほうを向く。そして腹立たしげに呟いた。
「まったく、底抜けにお人よしなんだから。自分を利用した相手になんで礼なんか言えるんだよ。そんなだから北条殿にもいいように使われたんじゃないか」
憎まれ口を一頻り。、やがてふっと肩を落とした。
「……そういう無垢な魂だからこそ龍にも化身できるんだろうね。これ以上世俗の垢に塗れさせたら天罰が下りそうだ」
言うなり、譲はすっと高耶に近づきその身体を抱きしめる。
「君と一緒に国を治めてみたかった。君が矛で僕が盾で。時にはその逆で。君が戻ってくれさえしたらどんな難題だって遣り遂げられそうな気がしてた。 北条殿の役回りは本来僕のものだったのに。君は、自分の意志で半身を選んだ。もう、僕が付け入る余地はないね……」
「陛下……」
「君の転変は皆が見てる。少なくとも布石はひとつ打てたんだ。大丈夫。時代は動くよ。後は僕の仕事だ。それに」
譲はくすりと笑いを洩らす。
「宮廷に棲む海千山千の古狸たちとの騙しあいが、僕の性に合ってるみたいだしね。高耶は好きにするといい。 ……そうだ。楽師として気ままに旅しながら龍の顕現をドラマチックに喧伝してくれるっていうのはどうだろう? 不明になった珠の行方も、捜し人が高耶なら案外すんなり辿れるかもしれないしね」
「陛下」
好きにしろといったその口で次から次へと要望を出す譲の長広舌を、苦笑まじりで直江が留める。その直江にも譲は鋭い眼差しをくれた。
「高耶にはたんなる『提案』で『お願い』だけど、あなたには遠慮なく『命令』するよ、直江さん。 あなたを助けるのになけなしの気を使い果たした僕の珠をなんとしても弁済してもらわなきゃ。見つかるまで帰参は認めない。いいね」
「御意」
「結界は解いたからもう出入り自由だ。おっつけ入用な荷物を届けさせる。じゃ、高耶。元気で」
名残惜しげに抱擁を解いて、譲は部屋を出て行った。
束の間虚脱めいた静寂が漂い、残されたふたりはどちらからともなく息を吐いて見つめあう。
「いつか言ったとおりになりましたね。あなたは流しの楽師で、私はその用心棒で……」
懐かしむように直江が言えば、
「そしてオレの半身だ……」
夢見る微笑で、そう、高耶が言い添えた。


まことしやかな噂はもうひとつ。
妙なる音を奏でる旅の楽師とその連れの起こす小さな奇跡の数々が、辺境のあちこちで密やかに語られ始めていた。



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とりあえずエンドマーク。 綻びはおいおい繕います
おつきあいどうもありがとうございました
さあこれから推敲してコピペして印刷して製本だっっ!!(焦)






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