そうして長いこと眠った後に目覚めた高耶がまだ直江の腕にいることに慌てたのもまた、遠い昔に戻ったようで。
身を縮める彼に微笑んで口づけた。 「お腹、すいたでしょう?なにか食べるもの持ってきますね」 そうし言い置いて一度視界から消えた直江が盆に載せて持ってきたのは、麺麭と乾酪、干した無花果、水で割った葡萄酒といった簡単なもの。 「すごく、美味しい」 質素な食卓でありながら花綻ぶように笑う高耶に、直江もまた笑顔を返す。 空腹だけでなく別なものが満たされる幸せな時間だった。 確かにあの時、死ぬほどの深手を負ったのだと、別れてからの出来事を直江は訥々と高耶に話した。 その死が公けにされる一方で、密かに瀕死の身体を僧房に担ぎ込まれかろうじて命は取り留めたのだと。 「身体が動くようになったらすぐにでもあなたのところに行くつもりだった。……けれど私の命を拾うように命じたその人のほうが一枚上手でね、 抜け出すより先にここに幽閉されました」 「……幽閉?」 物騒な言葉に眼を瞠り、思わず室内を眺め渡した。 固い寝台、粗末な設えの椅子と小卓。天井近くにある明り取りの小さな窓。なるほどこの無骨な石造りの部屋は監獄だったのかと改めて得心する。 でもどうして命を救った怪我人をわざわざ閉じ込めたりするのだろう?そして、そもそも露台から飛び降りたはずの自分がなぜ此処に? 昨夜来の疑問を再び思い出して怪訝な表情になった高耶のことを、困ったように直江は見つめる。 「やっぱり覚えてないんですね……。だとしたら、いったい何処から話せばいいか……」 「直江…?」 逡巡するその様子に高耶までが不安になったとき、 「じゃ、そこから先は僕が話すよ」 溌剌とした声がして、何の前触れもなく帝が部屋に現れた。 「陛下!」 慌てて色代しようとする高耶を制し、相変わらず人懐こい笑みを浮かべて、帝はとんでもない爆弾を落とした。 「陛下、だなんて水臭い。『譲』って呼び捨ててくれていいよ。 たった数代遡れば君と僕は従兄弟同士だ。畏まる必要なんてどこにもない」 「!」 呆気に取られる高耶の顔を面白そうに覗き込む。 「信じられないって顔をしてるね?でも嘘や冗談なんかじゃない。君も僕と同じく帝の血筋だ。しかも龍に化身できるほど色濃くご先祖の血を継いだ、正統の、ね。 覚えていない?君は龍に転変してこの僧房まで飛んだんだ。僕の張った結界を破って、そこにいる直江さん目掛けて」 端的な、けれど理解の範疇を超えた途方もない回答を聞かされて、高耶は声も出なかった。 そんな高耶に、譲は、広く知られている帝国の創始を、世間とはいささか違う切り口で語り始めた。 「古謡に謳われるほど体裁のいいものじゃないと思う。龍神から掠め取ったか人身御供でも差し出したか或いは自ら交わったかその手段は知らないけれど、 とにかく半人半龍の身になって龍の力を手にした僕らのご先祖が大陸を統一しこの帝国を造り上げた。 そのご先祖は息子に帝位を譲ると、自らは龍の姿に転変し守護聖獣となって子孫たちの盾になった。 でも所詮は元が人間だもの、その霊力も本物には及ばない。何代か帝が替わるころには帝国の執政にも綻びが見えてきて 辺境のあちこちで叛乱の狼煙があがりはじめた。 龍神の権威を振りかざしても留めようのないうねりだった。 それを悟ったご先祖は、最後の力を振り絞って八つの珠を子孫たちに残した。 龍の血が流れているとはいえ、その力を継承するには彼らはあまりに非力だ。 その不足を補うために自然の霊気を珠に蓄え、その力を持ってして後世に子孫の誰かが龍身として蘇えればと考えたんだね。 珠はそれぞれ違った場所に安置された。 人の手の及ばない霊山や絶海の孤島や、そんな自然の霊気の満ちた場所に。 或いは人々の雑多な願いの錯綜する寺院や神殿に。もちろん宮殿内にも残されたし、神殿巫女であった皇女に託されたものもあった。 下世話な話だけど人の精気が一番高まるのはどんな時だと思う?そう、閨の交わりだ。 少しでも早く気を凝らせ力を復活させるのに、その姫巫女はあえて流浪の遊び女に身を堕す道を選んだんだ。 ―――その人が君の何代前かのおばあさまなんだよ。高耶。帝の血は彼女から君へと伝えられている。龍珠とともに。覚醒を果たした今、君が最強の帝位継承者だ」 これが全ての答えとばかり、譲は一度言葉を切った。その言葉の意味するところを高耶が理解するまで。 |