うつせみ




心のおくの柔らかなものを、ずっと守ってきた。
大事に、大事に、幾重にも覆って、終いには、自分で自分が判らなくなるほど。
希はいったい何だったのだろう?
心のおくに確かにあったはずの小さな灯火はいつか消えて、後には、それを象った硬い殻だけが残された。

抜け殻となった身体は、自身の喪失に気づかぬまま凝り固まった虚ろを擁いて、今でも夢幻の汀を彷徨っている。







暗闇の中で見開かれた瞳から、透明な雫がとめどなく溢れている。
拭うでもなく、瞼を閉ざすわけでもない。
こめかみを伝う涙は、すぐさま布地に吸い込まれてその痕跡をとどめない。
嗚咽を漏らすことのない、それは、静かな慟哭だった。

「どうしたの?こわいゆめでもみましたか?」

優しく男が問いかける。 暗がりの中、隣りのベッドから抜け出して。

変わった気配はなにもなかった。
ただ、習慣となった夜の目覚めで、傍らに眠る少年の様子を見て、 そして、薄闇にかすかな光の筋を見つけた。
声をかけただけでは反応はない。
傍らにかしずいて、視線を合わせて静かに問う。 そっと、流れる涙を拭いながら。

「一緒に眠りましょうか?大丈夫。ずっと、こうしていてあげるから」

そう言って柔らかく抱きしめる。小鳥をその掌に囲うように。震えて脈打つ熱い鼓動を感じながら。
人形のようにされるまま、それでもようやく少年の涙は止まって、静かに瞼が閉ざされる。
横たえようと触れた彼の枕はぐっしょりと濡れていた。
呼びもせず起こすのでもなく、それでも自分の方を向いて、どれぐらいの時間を、彼は泣き続けていたのだろう。
舌打ちしたい思いで彼を抱き上げ、自分のベッドへと連れ帰った。
やがて落ち着くなだらかな呼吸が、ともかくも少年の陥った夢の安寧を知らせてきて、男は、添ったまま、いつまでもその黒髪を撫で続けていた。


この、うたかたの夢は、いったいいつまでつづくのだろう?





次へ






「キャットニップの薫る庭」「イノセントガーデン」の合せ鏡的不健全な裏側の話、そのイントロ。
こんなんありえねーというか、ご都合主義の連続になるかと思われます。
ご不快に思う方には、予め、ごめんなさい。
そして「離れ」だけど、濡れ場は皆無。そちらにもごめんなさい。




BACK