身体中のスイッチが切り替わったみたいだった。 視線が合い、指先が触れ合うだけで、身体の奥が疼きだす。欲情する。彼に。 宿を出立するまでが途方もなく長かった。 ようやく車中の人となり人の目から開放されて、思わず深く息を吐く。 と、太腿に手を置かれ、心臓が跳ね上がった。 捏ねるようにうごめく掌。布越しに伝わる、熱情。 制止する間もなくその手は引かれ、前方を見据えたまま、潜めた声で男は言った。 「出来るだけ―――急ぎますから」 その言葉だけで、男も自分と同じ気持ちでいるのだと悟った。 「……うん」 こくりと唾を飲み込んで、そう返す。 瞬間こちらを流し見た直江は微かに微笑み、すぐに真剣な表情でステアリングの操作に戻った。 そうしてたどり着いた直江の住居。礼儀も形式もすっ飛ばして連れ込まれた寝室で、思い切り抱きしめられた。 叩きつける土砂降りみたいなキス。息が詰まる。目も開けていられない。 かろうじて息を継ぎ、思わず洩れ出た自分の喘ぎにまた煽られた。 「高耶さん……高耶さんっ」 唇の離れたわずかな合間に名を呼ばれる。余裕のない切羽詰った声音で。 応えようにもまたすぐに口を塞がれ、やがて貪る勢いのまま喉許から鎖骨のあたりを吸いたてられて、 悲鳴じみた嬌声しかあげられない。 夢中でしがみつくうちに不意に宙に浮く感覚。次の瞬間には身体が寝具に沈みこんだ。 両手を絡め取られベッドの上での深い口づけ。これからの行為の予感に、一気に体温が上がる気がした。 「なお…」 ようやくのことで、男の名前を口にする。 至近距離で見交わす眼差し。 見惚れるほど端整な貌が、今、組み敷いた自分を見下ろしている。 堪えるみたいに眉をひそめ、鳶色の瞳に狂おしい光を湛えて。 (ああ、やっぱ、こいつ、キレイ) こんな時でもそう思った。 「高耶さん……」 男の声で呼ばわれる自分の名の響きをうっとりとして聞いていると、直江はさらに、呻くがごとくに囁いた。 「まだ、足りない。全然、足りない。お願いだから怖がらないで……」 縋るような懇願とともに頬を柔らかく包み込まれる。まるで壊れ物にでも触れるみたいな優しさで。 怖がってなんかいないのに、と、少しだけ戸惑って、やがて高耶は自分からはアクションを起こしていないことに気づく。 いや、起こす隙もなかったというのが、正しいか。 室内に足を踏み入れてからこっち、直江の熱に煽られて翻弄されて受け止めるのが精一杯で。 おそらく直江はそんな自分の反応を怯え竦んでいるんじゃないかと不安になったのだ。そんなこと、あるわけないのに。 憧れて、告白して、思いがけなく受け入れられて、なし崩しに身体を繋げて。 愛してると何度も言われた。相愛だったんですね、よかった、これからは正真正銘の恋人同士です、とも。 でもそれはきっと男の優しいピロートーク、真に受けて調子に乗りすぎてはいけないと自分を戒めていたのに。 それが、本当に、自分が直江を想うのと同じぐらい直江も自分を想っているのだと解って、なんだか泣きたいような気分になった。 昨夜、抱き合った時にはまだ少し遠慮があった。嫌われたくなくていろいろ取り繕いもした。 でも、そんなふうに気に病むことはなかったんだ……。 じわりと目の奥が熱くなる。 いけない。ここでべそなんかかいたら、ますます誤解させるに決まっているから。 だから、高耶は涙を滲ませたまま、頬を包む直江の掌に自分の手を重ね、精一杯に笑ってみせた。 頭を持ち上げて、自分から直江の唇に触れる。怖がってなんかいないと伝えるために。 「……これから、もっと、気持ちよくしてくれるんだろ?」 後朝の男の台詞をそのままなぞるのはとんでもなく恥ずかしかったけれど。 自分の発した言葉によって、それまで曇っていた直江の表情が見る間に変わっていくのを間近に見つめていられるのは このうえない特権だと思った。 秀麗な目元が和らぎ、形のいい唇が微笑を刻み―――やがてその端が三日月みたいにつり上がって、獰猛な笑みになる。 「ええ、じっくり、たっぷり、可愛がってあげる……」 背筋がじんと痺れるような思わせぶりな言葉を紡いで、 そうして、直江は、言葉通りのキスをくれた。 |