目が覚めてもしばらくぼんやりしていた。 ここが何処で、今が何時なのか。夜明けなのか夕暮れなのかも解らない微妙な調光の室内で、自分はベッドに横たわっている。 身体がだるくて仕方がない。指一本動かしたくない気分。 そうこうしているうちに、頭を優しく撫でられた。自分と背中合わせ、ベッドの反対側に誰かが浅く腰掛けている。 ああ、そうか。 ようやく記憶が繋がって、高耶はまた、目を瞑る。 此処は直江の部屋で、旅先から真っ直ぐ帰った自分たちは昼間からまた抱き合って身体重ねて、そして自分は意識を飛ばしてしまったのだ。 「いま…何時?」 すぐに返事が返ってきた。 「五時を回ったところです。高耶さん、お腹すいたでしょう?」 そういえば、お昼も食べていなかった。 このだるさは空腹の所為でもあるのかと妙なところで得心がいった。 「もう、ペコペコすぎて動けないねえ……」 泣き言みたいに言ってみる。直江はおもねるようにさらに続けた。 「デリバリーを頼んだんです。高耶さん、サンドイッチはお好きですか?スパイシーリブとBLTとエビアボガドと ローストターキーとサーモンマリネ……」 ちょっと待て。その豪華すぎるラインナップはなんなんだ? 「……どれも旨そうで選べない」 慌てて首だけを捻って言葉を遮り、訴える。直江は破顔一笑、こう答えた。 「選ぶ必要なんかありませんよ。どれでもお好きなものをお好きなだけ食べてください。 若いあなたに食事も摂らせないでしまった、せめてもの罪滅ぼしですから」 スープもサラダもあるんです。さあ移動しましょうねと、恭しく抱き上げられてリビングに連れていかれた。 テーブルにはこれからパーティーでも開くのか?と突っ込みたくなるほどの品数が並んでいて、 至れり尽くせり、かいがいしく世話を焼かれながら遠慮なしにぱくついた。 料理はしないが豆には拘っているという直江の淹れた珈琲は、確かにとてもいい香りがした。 ストレートで味わえないのを申し訳なく思いながらもたっぷりの牛乳でカフェオレにしてもらう。 満腹で、人心地がついて、両手で包んだカップからはほわほわとした湯気があがって、 おまけに傍らには成り立てほやほやの恋人まで寄り添っていて。 ほおっと息を吐くと、伸びてきた片手にそっと頭を抱き寄せられた。 そのまま素直に肩口にもたれてみる。静かに直江の微笑む気配がして、なんだかくすぐったい気分になった。 「直江」 意味もなく呼んでみる。 「なんです?」 すぐに返る応え。カフェオレの湯気と同じ、暖かく包み込む声音で。 なんでもないと頭を振って、ほんの少し身体を寄せる。 心得ているみたいに、直江の腕にも力が入って―――そして、珈琲の香のする優しいキスをくれた。 やがて唇が離れ、代わりにこつんとあわさる額と額。 「あなたが好きです。愛してます……ずっと大切にしますから。お願いだからずっと傍にいてください……」 再びの誓約。口移しみたいに近くで聞く、誓いのコトバ。 「ん……」 それはもう解ってる。 これでもかというぐらい求められて、刻み込まれて、あまやかされて。 もう充分に解ってるけど、意地っ張りの自分は、肝心のこのときに上手く言葉がでてこなくて、微かに身じろいだのが答えの代わり。 しばらく、そうしておでこをくっつけ直江の体温を感じていた。 きっと、これから先、どんなときでも、この温みは自分の傍に在って、いつでも包み込んでくれるのだろう。 不意に、ゆうべ見た情景が頭に浮かんだ。皓々と輝く月が照らす夜の海が。 「また、今度、あの海に行こうな」 思ったままに口にする。 「オレ、とうとう日の出を見逃したし……なんか口惜しいから、もう一回」 言いながら恥ずかしくなって、つい早口になった。ぱっと離れて、もう冷めてしまった残りのカフェオレを飲み干す。 空になったカップは、優しく、けれど断固とした直江の手によって奪われ、テーブルに戻された。 秀麗な貌、微笑んだ鳶色の瞳が大写しに目の前に迫る。 「ええ、必ず。きっとですよ」 思わず目を瞑ってしまった高耶にそう囁いて、直江は、もう一度、その唇に口づけた。 |