細く長く、高耶は口で息を吐く。 今その身に埋め込まれていくのは指ではなく怒張しきった男の徴、いくら呼吸を量り慎重に進めたところで裂かれる痛みは避けようもないだろう。 組み敷かれる彼は忍び音ひとつ洩らさないけれど。 次第に色をなくす頬が、固く握りしめる拳が、項垂れはじめた性器が、彼の苦痛を知らせてくる。 それなのに、彼は深く息を吸いそして吐く。 ゆったりと規則正しく。行為に伴う辛さなどまるで感じていないみたいに。 そうして無言のうちに直江を責めたて唆す。 好きだと言う言葉に嘘がないなら早くこの身を征服しその証を立ててみろと。 きっとまだ彼は不安なのだと、 高耶の心中を慮って直江も胸が軋んだ。 娼家という特殊な環境で長年降り積もらせてしまった澱は、想いを伝えただけでは振り払えない。 好きだと告げても、男の身体で本当にいいのだろうかと、 そんな疑念が高耶を 苛んでいるのだろう。 心配することはなにもないというのに。 穿ち入る彼の内部は、きつくて熱くて柔らかくて。 すぐにでも達しそうな極上の悦びを自分に与えてくれているのに。 それを彼に知らしめる術は、その彼の痛みの先にしかなくて。 直江も無言で身体を進める。 じりじりと埋めこんですべてを収めた後も、直江はしばらくじっと動かなかった。 「……なお…?」 冷たい汗を浮かせた高耶が不審そうに掠れた声をあげる、その視線を捉えて直江が微笑った。 「…ね。高耶さん、解る?」 そう言って僅かに腰を揺らめかす。 何がと問い返す間もなく、くぐもった微かな水音を感じた。 聞こえたというよりは、繋がった身体の奥の襞がぬらりと滑る卑猥な感覚。 反射的に高耶は顔を赤らめ、そんな反応に直江はますます笑みを深くする。 「……どんどん濡れてきている。あなたの中があんまり気持ちよくて。俺のが先から溢れさせているから」 ほら、とばかりにまた少し揺らしてみせて、今度は確かに耳に届いた。 気がつけば、焼けつくような痛みがやわらいでいる。みっしりと隙間なく嵌まった肉の間にいつのまにか潤滑が生れて、 そして、男はそれを自身の先走りだというのだ。 自分の身体で直江が快楽を拾っているなによりの証拠を教えられて、 それでもまだ縋るように口にする。 「ほんとに……いい?直江、感じてる…の?」 目尻を下げて、直江が応えた。 「とっても。よすぎて……もうたまらない」 「よかったぁ……」 その瞬間の、高耶の顔こそが見物だった。 愛しい相手にすべての不安を払拭されて、能面のようだった貌がみるみる和らいでいく。 解けていったのは表情ばかりではない。無用の緊張から解放されて、彼の内部までもが蕩けるような弾力で直江に絡みついてくる。 「どうしよ。…すっごく、嬉しい」 半泣きの顔でしがみついてくる高耶を万感の思いで抱きしめ返し、直江はゆっくりと動きはじめる。 昂ぶる熱が痛みを凌駕したのだろう、甘く艶やかな声が洩れだしたのは、それから程なくのことだった。 「寄宿学校に行くのはやめにしませんか?」 (え?) 唐突な言葉に、とろとろとまどろみかけていた高耶が小さく身じろぐ。 緩く抱き込んだ腕の中、そんな仔猫のような反応が愛しくて、直江はさらに言葉を重ねた。 「一緒に倫敦に行きましょう」 「でも……」 困ったように見上げる眼差し。急な予定変更が周囲に及ぼす混乱を気遣っているのが手にとるように解ったから、安心させるように高耶の頭を抱き寄せた。 「もう、あなたと離れたくないんです。学問なら向こうでかなう。異国の地に渡るのは心細いかもしれないけれど、大丈夫。私がついています。 ……そうして学んで教養を身に付けて、数年も経てばあなたは洋行帰りという箔のついた凛々しい青年紳士だ。誰もこの可愛らしい禿の長じた姿とは気づきませんよ」 元々、寄宿学校はそのための方便でしたしね、と嘯く直江に高耶がほぅっと、息を吐いた。 「そうだったんだ……」 厄介払いじゃなかったんだと続く言葉に、直江が傷ついた顔をする。 「高耶さんはそんなふうに思っていたの?あなたが邪魔になったから遠くへやると?」 「だって……」 気まずげに口を噤み、後は察しろとばかりに顔を深く埋めてくる彼の仕草が、すべての答え。 禿に仕立てた自分の気まぐれのために彼が支払ってきた代償の大きさに改めて気づかされて心が疼いた。 「せっかく恋人同士になったんです。これからは我慢しないで好きなだけ甘えたり我儘言ってくださいね?」 「ん…」 額を擦りつけるようにして、高耶が頷く。 いくら甘やかしてもきっと足りない。 「一生、あなたを守るから」 「……」 本当に。神に誓って。 「だから傍にいさせてください」 「うん…」 厳かに宣言する。 「愛してます」 「オレも……」 小さく答えてくれた彼の身体はじんわりと温かくて。もうすぐ彼は眠りに落ちる。 「後は何も心配しないで。ゆっくりおやすみなさい」 「ん……」 穏やかな眠りに誘えるよう、直江は高耶の髪を撫で、掌をその背筋に滑らせた。 何度も何度も繰り返し。小さなこどもをあやすように。 やがて、抱き込んだ胸元から彼の寝息が聞こえてくるまで、そうしていた。 |