目覚めたとき、傍らに、男の姿はなかった。 ぼんやりと目の前のからの枕を眺め、それから足元に寄せられた上掛けに視線を移す。 寝乱れた跡の残るシーツに掌を滑らせてみてもひんやりとした感触しか伝わってこない。 もう、起きだしてから、だいぶ時間が経つのだろう。 いつものことだから慣れてしまったといえばそれまでなのだけれど、夢うつつに感じていた人肌の温もりがこの手からすり抜けてしまっているのはすこし寂しい。 その一方で、肌を合わせた相手といきなり顔をつき合わせて赤面しなくてすむことにほっと安堵する思いも確かにあって、自分の中の背反する二つの感情を持て余すように、高耶は主のいない枕を抱きしめた。 かすかに直江の匂いがする。
その残り香に、ゆうべの余韻が甦って頬が赤らんだ。
全身の感覚で覚えこんだ直江の存在は、ちょっとした刺激ですぐさま溢れ出てしまう。本物が欲しい気持ちを抑えられない。
そうしていいと教え込んだのは直江だった。
―――大丈夫。いつもそばにいるから。 だから、もう少し肩の力を抜いてごらんなさい。
自分が自分でなくなりそうな恐怖にしり込みして拒む高耶に、根気よく睦言のような抱擁を繰り返す。
闇にくるまれて睦みあうことに慣れはしても、朝がきてしまうと、羞恥のために視線も合わせられなくなる。そんな高耶を庇うように、夜のことはおくびにも出さず、ゆるゆると日常に戻っていく態度をずっと直江は続けていた。 目覚めた時に、抱かれていた温もりを恋しく思うほどに。
――もういいから。大丈夫だから。目を開けたときに一番におまえの顔が見たい。
身代わりの枕を腕に心の中で思う。 このまま起き出して本物の背中を抱きしめたら、直江は気づいてくれるだろうか。今の自分の正直な思いを。 確信があった。
足音を忍ばせて入ったリビングに直江の姿はなかった。
そっと近づいて、こんこんとガラスを叩く。 「もう起きたんですか?」 眩しそうに自分を見上げる直江の顔を間近にしたとたん、先程までの決意はあっけなく崩れ去ってしまった。 「…ん。……何してたんだ?……この鉢植え、ひょっとして、薔薇?」
矢継ぎ早に云いながら、直江を押し退けるように屈みこむ。
ベランダには、この間まではなかったテラコッタの大鉢が幾つも置いてあった。 「なんだか……貧弱だな。ちゃんと育つのか?」
正直な感想に、思わず苦笑が洩れる。 「……大丈夫。心配しなくてもすぐに伸びて葉が繁ります。一月もすれば花も咲きますよ」 「でも、なんでいきなり…?」
視線は薔薇に向けたまま、高耶が訊ねる。 「なんでって言われても……困りましたねえ」
接ぎ穂を探すように言葉が途切れた。 「ふうん」
過保護なくらい手を掛けられて育ったと、いつか聞いたことがある。さもありなんと聞き流して気のない相槌を打った。 「どうやら、部屋に通う女性が出来たと思われたらしい」
「っ!」
その拍子に軽く触れていただけの手が外れて、自然と抱きすくめられる格好になった。
「潤いのない部屋に暮らしていた息子が急に花なんか欲しがったものだから…… 「おふくろさんって、そこまで過激なひとだったっけ?」
「いいえ。普段はそれほどでも。でも、テキは姉を巻き込みましたから……。
他人事のように言う直江に、高耶の方が頭を抱える。 |