イノセントガーデン
―8―





心が壊れてしまうほどのいったいどういう事情があったのか、高耶は口にしなかった。
おまえのもとで生まれ直したのだからもう過去は関係ないと。

だが、後に、思いがけない訪問者がこの家を訪れて、高耶の話を裏打ちすることとなった。
先走った一部の親族が高耶に加えた非道にたいして、頭を垂れて許しを請う『兄』と名乗る人物を、高耶は穏やかな眼をしながら断固として拒絶した。
どんな償いでもするからという申し出に、たったひとつ、自身の戸籍を除いてもらうことだけを望んで。
名門に連なるその名前はもう要らない。直江の傍で高耶という名前で生きていきたいからと。

「いいんですか?」
淋しそうに立ち去る後ろ姿を見送る高耶に直江が問う。
「慕っていたのでしょう?あの人を。少なくともあの人はあなたの味方だったはず。そんな瞳をしていました」
「うん。好きだったよ。とても。あの人だけがオレに優しかったから。でも……」
ゆるゆると首を振る。そして遠い眼をして微笑んだ。
「オレの記憶はここから始まっているから。もう、いいんだ……」



パーゴラからの木漏れ日がちらちらと揺れる。
木陰で転寝を愉しむ至福のひととき。
夢うつつに感じていた、まなうらに踊る光が遮られたのにふいに気づいて、ぼんやりと瞼を上げれば、上から直江が覗き込んでいる。
「……夢をみてた」
「夢?」
「うん。……昔、ここに来たばかりの頃の夢」
ふわりとなんともいえない微笑がその顔に浮ぶ。
「……しようぜ」
男の首に腕を投げかけ、顔を近づけながら高耶が言った。
「高耶さん?」
「……今、発情期なんだ」
「春はとっくに過ぎてしまいましたが……」
ほんの少し眼を見開いてわざとらしく返した直江に、高耶だって負けてはいない。
「あれ?知らないのか?飼われてると季節に関係ないんだぜ?」
あっさりと言い返して、悪戯っぽく見上げる。
その煌めく瞳に幻惑される。
「……場所を変えましょう。ここじゃどうも落ち着かない……」
キスの合い間の囁き。
了承のしるしにもう一度軽く唇を触れ合わせ、高耶が庭を振り返る。


さわさわと香草の葉叢が揺れている。
微風は、今日も芳しい香気と優しい子守唄を運んでいた。




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はっきりきっぱり直裁に誘う高耶さんってアリだろうかと迷いつつ
でもネコ属性だから仕方ないよね(おい)

長々とお付き合いどうもありがとうございました<(_ _)>





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