「――はっっ…あぅ…」 狭い内壁に押し入る怒張を、高耶は喘ぎながら受け入れる。 張り裂けそうな痛みまでが、火のように熱かった。灼熱の杭が内部の一点を穿って、悲鳴とともに前が弾ける。 すでに余裕のなくなっていた男も、飛散った飛沫を下腹から胸へと撫で上げる手荒い愛撫で、飛びかけていた高耶の意識を引き戻した。 休むことも許されずにすぐに次の律動が始まる。自分を貪るその身体に助けを乞うようにすがりながら言葉にならない声を漏らす。 絶頂の訪れは突然だった。 不意に視界が白んで、意識が飛翔する。 今まで想像もしなかった、それは蕩けるような陶酔だった。 しがみついていた高耶の腕が力を無くした。 それでも内部の痙攣はとまらない。逐情の余韻をうっとりと味わいながらも、失神してしまった高耶のことが気に掛かって、直江が静かに身を離す。 互いの熱で溶け合っていたものを引き抜かれる感覚に、低く高耶が呻いた。 すぐさま別の温もりが与えられる。抱き寄せられて密着した身体。間近に聞く鼓動の音。 それが引き金となった。 「あ……」 突然蘇った記憶の奔流に、高耶が瞠目する。その瞳からみるみる涙が溢れ出す。 「高耶さん?」 様子のおかしいのに気づいた直江が呼びかけると、泣きじゃくりながらしがみついてくる。 それは単に情事後の昂ぶりだけとは思えない必死さで、直江はただ高耶を抱きしめ、何度も名前を呼びながらその髪や背中をさすりつづけた。 やがて嗚咽がおさまってきた。 まだしゃくりあげる頬の涙を唇で吸い取る。その仕種が呼び水になってまた高耶の涙が零れ落ちる。 何度かそんなことを繰り返した末に、ようやくのことで直江は高耶と目を合わせた。 どうしたの?と、目線だけで問いかける。 「思い出した……」 そう一言言った後、泣き腫らした表情を隠すように、直江の胸に顔を埋めた。 本当の名は別にある。そう高耶は直江に告げた。 望まれない出生の身で疎まれながら育ったと。 息を潜めるようにして生きていたのに、ある日突然自分の与り知らぬところで跡目相続に巻き込まれ、監禁され、強要され、意志持たぬ傀儡となるように薬物を打たれた――と。 クスリのショックだったんだと思う。 意識が闇に沈んで、身体が冷たくなって、ああ、ここで死ぬんだな……って思った。 生きることに絶望してたから、もう、なにもかもどうでも良かった。 それなのに。 なんでああなったのか解らない。 オレは生まれたばかりの、だけど死にかけた仔猫になっておまえに育ててもらっていた…。 だから最初の記憶は温かな鼓動。穏やかな呼びかけ。くすぐったいような独特の体臭。 直江という名の。 信じられないだろ?つーか、信じろって言う方が無理だよな。 淋しそうに高耶が微笑む。 でも。 ……おまえに育てられて、いっぱい愛してもらってオレは生まれ直した。 生き直す力をもらったんだ。 あのまま猫で生きていたなら、おまえを悲しませないですんだんだと思う。 でも、おまえを想う気持ちは、もう猫の抱くそれじゃなかった。 猫の風上にも置けないからって、千秋――猫の知り合いなんだけど――が、いっぺん死んでこいって。 人間に生まれ変わるようにしてやるからって。 そうしたら、驚くよな。 前のオレの身体はまだ死んじゃいなかったんだ。 魂だけが抜け出て瀕死だった猫の身体に憑依しただけだって。 戻るのは簡単だけど、その後は賭けだって言われた。 記憶が混乱するかもしれない。 今度こそ、狂うかもしれない。 なにより、おまえがオレのことを『高耶』だと気づかないかも知れない……。 そう脅しながら、千秋はこうも言ったんだ。 惹かれあった魂は必ず呼び合うからって。 あのバカの一途さならきっと見つけ出すはずだからって。 だから、安心してもう一回本来の姿に生まれ直してこいって……。 今度こそ晴れやかに高耶が笑う。 「そして、本当におまえが見つけてくれた……」 共鳴しあうグラスのように直江も微笑む。腕を広げて抱きしめた。 「おかえりなさい。高耶さん」 「うん……」 ――ただいま。帰ってきたよ。約束どおりこの庭に……。あの日、おまえに告げたとおりに。 |