「これ、やるよ」 そう言って無造作に突き出されたのは、ありふれた白いポリ袋。 「?」 かなりかさばって見えるそれを慎重に受け取って、かさこそと乾いた音をさせながら覗いてみれば、鮮やかなグリーンが目に飛び込んでくる。 中身は花屋の店先でよく見かける観葉植物の鉢植えだった。 滴るような深い緑の葉と零れるように咲く白い小さなその花のことはもちろん直江も見知ってはいた。 けれど、それと高耶との係わりがいまいち飲み込めなくて首を傾げる。 「これを私に?」 「……誕生日だろ?だから、オレの気持ち」 視線を逸らしながら、ぼそりという。 そんな高耶と目の前の贈り物を交互に見比べて直江は暫く口が利けない風だった。 不意打ちだった。 勝手に家族が祝ってくれる子供の頃ならいざしらず、いい大人になった今では自分の誕生日など、とんと忘れていたのである。 「前にねーさんから聞いていたんだ。……その当日に逢うのに、何の用意もないなんてカッコ悪いしな。おまえにはいろいろ世話掛けてるし。……だから、オレの気持ち」 そういえばと思い出す。所用があって数日前に今日の約束を取り付けたとき、電話口での高耶の反応が妙に上滑りしていたのを。 連休中のことでもあるし、他の予定があったのかとそのときは気にも止めていなかったのだが。 あのときから、高耶は心を砕いていてくれたのだ。他ならぬ自分のために。 「……ありがとうございます」 やっとの思いで口にできたのは、情けなくなるほどありきたりの感謝の言葉。 それでも、男の反応を窺っていた高耶は、ほっとしたように表情を緩ませて初めて直江と眼を合わせた。 「何がいいかなんて全然解んなかったから……。おまえ、大人だし金持ちだし、趣味じゃないもの押し付けられてもかえって迷惑だろ?だから、花ならいいかと思ったんだ。でもさ、やっぱり、店の前に行くとすんげー、恥ずかしいもんなんだな……」 照れ隠しのように訊かないうちから内輪話を暴露してしまう。そんな様子をみているうちに直江もようやくいつもの余裕が戻ってきた。悪戯っぽく訊いてみる。 「ひょっとして花屋ははじめて?」 「誰に買うってんだよ。ほかに。……花屋に入ったのなんて、ガキの頃のカーネーション以来だ」 ……そういえば、そろそろ母の日ギフトのアレンジメントがいっぱいあったな。あっちにすればよかったのかな?でも予算オーバーだ……などと、まだ高耶はぶつぶつ呟いている。 華やかな色彩と雰囲気に気押されて、プレゼントとしての花束を頼むなど問題外で、結局は一番買いやすかった観葉植物の鉢に手が伸びたというところだろうか。 それでも、嬉しかった。 いずれ枯れてなくなる切花よりもずっとずっと生命の続く鉢物を選んでくれたというのが、何よりも。 「大事に育てます」 真剣な表情で誓う男につられて、見つめ返す高耶も真顔になった。気にかけていた本音が、ぽろりと口をついてでる。 「うん……。アイソなくてごめんな」 特に何も告げないで買ってしまったから。特別なラッピングもリボンもなくて、おまけに普通のポリ袋に入れられてしまって、なんとも間の抜けた祝いの品になってしまったけれど。 そんなに仰々しくはしたくなかった。 それでも、何か形にはしたかった。 決して義理とかお返しとかそれだけじゃない、自分の思いを、この男に伝えたかったのだ。 そんな自分の気持ちに、この緑の鉢植えはしっくり馴染む気がしたから。だから、選んだ。 直江なら贈り物に託した心の揺らぎを汲み取ってくれそうな気がしたから――― (買いかぶりすぎかな?) まわりはじめた自分の思考が気恥ずかしくなって、ぼりぼりと頭を掻く。 そうしている間にも、直江は丁重な手つきで鉢を元の袋に収めると、恭しく掲げ持って車内に仕舞いこむ。トランクではなく後部座席に。 静かにドアを閉める仕種までがまるで淑女に対するそれのようで、思わず笑いがこみあげる。まるで我が身にされているようにこそばゆかった。 ブライダルベール。 聞きようによってはひどく意味深にも受け取れるこの花の名前を、その時の高耶はまだ知らない。 そして、大切な人からのプレゼントだという言葉と、愛情のこもった手の掛け方と花の名前とをつなぎ合せて考えた結果、放蕩息子もいよいよ年貢を納める気になったのかと、橘家の人々がいろめきたったことも。 あの時は誤解を解くのが大変でしたよ……などと、思い出したように寝物語に聞かされて高耶が赤面するのは、もっとずっとずっと後の話になる。 |