灯りを落とした寝室で。 横たわる高耶に、くちづけようと男が身を屈めた。 空気が乱れてふわりと花の香が広がる。 「あ……」 唇が触れるより先にその香りが届いて、高耶が驚いたように眼を瞠いた。 「……ん?」 甘やかすように問いかける鳶色の瞳にかすかに首を振って、高耶は再び眼を閉じる。 そして薄く開いた唇を直江のそれと触れ合わせる。 いつの間に用意したものか、ベッド脇の小卓の香炉に、昼間の茶葉が盛られていた。 睦みあうとき、殻に篭もるように受身になり言葉を喪すのが高耶の常だった。 感じていないわけではない。むしろ慣らされた身体のほうは敏感に刺激を貪るのに、気持ちがそれに追いついていかない ……快楽に耽溺するのは罪悪だとでもいうように声を殺し、昂ぶる感覚さえ押さえようとする。 景虎としての魂がそうさせるのか、今生の幸福とはいえない生い立ちが甘えることを赦さないのか、 高耶は弱さをみせることをひどく嫌う。欲情する自分というのも彼にとっては弱さのひとつなのか、頑ななまでに乱れた心を閉ざそうとする。 直江にさえ、知られるのを畏れるように。 そんな高耶を直江は黙って受け入れる。 最後の最後に欲望を吐き出せるようゆるゆると心までほぐしていく。 高耶の抱える葛藤でさえ、あっさりとその手段のひとつにして。 膝うらをすくいあげ腰を半分浮かせた格好を強いて、直江は、もう、ずいぶんと長い時間そこに顔を埋めていた。 下肢を大きく押し開かれ、何もかもを男の視線にさらして秘奥を舌で探られる──― 他のどんな愛撫より高耶が嫌がるのを承知の上で、敢えて直江は丹念に舌と指先で奥処への入り口を寛げていた。 ───連夜の……ですから。無理しないようにしないとね……。 キスの合間に意味深に囁かれた直江の言葉が高耶の拒絶を封じている。 懇願するように髪の毛をかき混ぜていた両手は、男に止める気がないのを悟ると、力なくシーツに投げ出されやがて表情を隠すように自らの顔を覆った。少しでも羞恥から逃れるように。 濡れた音が室内に響く。 瞳を閉じ身をかたくしていても、生々しい響きが耳から高耶を犯していく。 舌で舐められ粘膜をこねられている様子が肌からの刺激よりもより直裁的に再生される。身体がかっと熱くなる。 より強い刺激を求めて勃ち上がる自分をどうしようもなかった。 内部に潜り込んでいた指先がどこか敏感な部分を捉えたのだろうか、担ぎ上げていた足先がバネ仕掛けのように跳ね上がって直江の肩口を打った。 抑えきれない喘ぎが洩れて、次の瞬間には今まで以上に高耶の身体が強張る。 ゆっくりと直江が視線を上に移した。 顔を覆ったまま溢れ出しそうな快感を堪えている高耶をみる。 乱れてしまえば楽なのに、高耶はそれをしない。矜持にしがみついて今も必死でもどかしいだけの意地の悪い前戯に耐えている。 その腰がわずかに揺れているのを見て、直江は薄く笑みを刷いた。 その意味を、もう自分は知っている。 言葉を発しない高耶のボディランゲージ。 ───はやく欲しい。声なき声で、そう、訴えかけている。 直江はことさらに大きく音を響かせて指を抜き去り、肩に掛けていた脚をはずして楽な姿勢を取らせると、そっと高耶自身に手を伸ばした。溢れた雫で濡れた先端にふっと息を吹きかける。震えだしたそれを口に含み、柔らかくねぶる。 それだけの刺激で、もう高耶は全身を痙攣させて最初の精を迸らせていた。 ゆっくりと直江が身体を重ねる。 長いこと置き去りにされ、冷え切っていた上体が男の体温を感じとる。待ち焦がれていたように高耶の腕が背中にまわった。そのまま強くしがみつく。 抱きしめる腕の強さは、そのまま自分の感じた快楽の深さ。 そして、自分から深く重ねるキスは、与えられた悦楽を同じだけ返したいという高耶の思い。 触れながら直江が云った。 「声をだして?……そんなに息を詰めていたんじゃあなたの中に入れない……」 親猫からの刺激無しには排泄もままならない仔猫のように、高耶は直江が促さないと、何時までも自制の殻を破れない。 宥めるように口の端に囁かれて、ようやく高耶が深く息をついた。力の抜けるその瞬間を狙い済まして、切っ先をめり込ませる。 「ぁあっ……」 絡みつく喉声を呼び水にしようと、間髪入れずに耳朶を甘噛みした。 「そう……。もっと聞かせて?あなたがどれだけ感じているか、俺に教えてください……」 「…んっ……」 サイフォンから水が溢れ出すように、ようやく高耶のたがが外れる。 「直江……直江っ」 縋りつく高耶の天音の声に煽られながら、直江もまたそこに溺れるために腰をすすめる。 薄闇に満ちるのは荒い息遣いとあえかな悲鳴。 わずかに揺らぐ空気の流れにのって、花の香りが漂っていた。 |