だって―――聞いてしまったら最後、このままではいられなくなる。 直江が自分に少なからぬ好意を持ってくれていることは薄々察していた。 でもそれは秘めなければいけないはずの想い。直接ぶつけられそうになるなんて思ってもみなかった。 もちろん高耶だって直江に好感は持っている。 あくまで常識の範囲内、友人としての敬愛の情ならば。 それじゃ足りないのか? 一緒にご飯を食べて他愛もない話をして。 弱音を吐いたり励まされたり。我儘言ったり言われたり。 時々はじゃれるようなケンカをしてまた仲直りして。泣いて、笑って。 そんな陽だまりみたいにあったかい関係をずっと続けられると思っていた。 でも、もしも。 正面きって好きだなんて言われたら、返せる答えはたったひとつ。NOでしかありえない。 だってオレは男なんだから。男の直江に恋愛めいた告白をされたところで、応えられる道理がないじゃないか? そうなったら、もう友達としても傍にいられなくなる。 このままじゃいけないのか?直江? オレはおまえの友達でいたいけど。 おまえの気持ちを傷つけ押し潰してまでそれを望むのは、身勝手に過ぎるんだろうか… 高耶もまた重苦しい煩悶を抱えてのろのろとアパートに帰り着く。 身体はくたくたのはずなのに、その夜は眠りに逃げ込むことさえできなかった。 寝不足の重たい頭と心を抱えながら、それでも約束を果たすためにおそるおそると伺った翌日。 直江は、昨日のことはおくびにもださないいつもの直江で、少し、高耶はほっとする。 そして、なぜかテーブルの上には人待ち顔に瀟洒な紙箱が載っていた。 「……なんでケーキがこのうちに?」 「兄からの差し入れです」 番犬よろしく中を確かめた高耶に直江が言った。 「私にじゃなくて、高耶さんにだそうですよ。『不肖の弟がいつまでも世話を掛けて申し訳ない』からお詫びの気持ちなんですって。 先におやつにするでしょう?たくさん食べてくださいね」 「そりゃ、ご馳走になるけどさ……。日持ちのしない生ケーキがなんで六個もあるわけ?ふたりで三つずつ食えってか?」 とりどりの華やかな香りと色彩に溢れる箱を指差しての冷静なつっこみに、直江の顔が引き攣った。自分も食べる側の勘定に入るとは考え及ばなかったらしい。 「さあ、それはちょっと……勘弁してほしいところですが…」 とたんに気弱になる声に、高耶がひとつ、息をつく。 まったく、豪胆なんだかただの考え無しなのか。憎めないところまでそっくりな兄弟だと思いながら。 「……とにかく食べよ?好きなの、選んどいて」 そう言い置いて、手早くお茶の用意をした。 照弘はケーキだけではなく、別の土産も持ち込んだらしい。 「外に出られなくて退屈だろうからと、書類整理を押しつけられました」 一番小ぶりなチョコムースをひとすくい、口に運びながら、そう、直江が苦笑する。病欠している人間を在宅のままで体よくこき使おうという算段なのだと。 「……ふうん。ま、いいんじゃね?直江だってその方が気が紛れるだろ?」 ナパージュされたつやつやのイチゴをフォークに突き刺して高耶が言う。フルーツとクリームのたっぷりのったバナナボートは、それだけでとろけるよう。 頬も目尻も、心だってとろとろに緩んでしまうおいしさだった。 簡単にケーキに篭絡されたらしい高耶に、直江が心配そうに念を押す。 「多少ばたばたするかもしれませんが。高耶さんは遠慮なしに今まで通りにしててくださいね?」 その時は、今さら何を言うのだろうと思っただけだった。遠慮なんかするわけないじゃないかと。 が、直江の危惧は不幸にも的中してしまうことになる。 それからすぐに直江は忙しくなった。 出社せずとも、FAXやメールを駆使することでかなりの量のデスクワークをカバーできるらしい。 それでも間に合わないときには、照弘がそうしたように 書類を携えた人間が直接家までやってくる。玄関先の受け渡しですむこともあれば、部屋に通してなにやら難しい顔で話し込むこともある。 何度かそういう場面に遭遇して、さすがに高耶も考えた。 そろそろ潮時かもしれないと。 あんまりばか丁寧な態度で自分を遇してくれるから、直江とふたりでいるときは気がつかなかった。むしろ、自分が彼の面倒をみる気持ちでいた。 でも、客観的な目で見れば。 鍵を預って家に出入りするほど親しく付き合うには、自分と直江とでは立場も年齢も違いすぎるのだ。 うっかり鉢合わせしてしまった時に、一瞬、来客の顔に浮ぶ怪訝な表情がそれを物語っている。 (オレたちが友達ってこと自体、無理だったのかもしれないな…) 他人の目など、おそらく直江は歯牙にもかけない。どんなふうに見られていたって笑い飛ばすだけだろう。 けれど、同じように開き直ることが今の高耶には出来ないでいる。 (やっぱ、住んでる世界が違いすぎる) 書類に目を通している時の厳しい表情。 部下に指示を出すときの、潜めてはいてもおのずと口調に滲み出る威厳、風格。 高耶の前では見せなかった、直江の一面。 それらを間近にするたびに、直江との最初の出逢いと印象がフラッシュバックする。 直江は悪いヤツじゃない。でも、やっぱり自分とは――― 続く数日の間に、高耶の中で、徐々にひとつの決心が固まっていった。 |