人を人とも思わない、尊大なオーラを身に帯びた男。 衆目を集めることに慣れた物腰、洗練された容姿。 明らかに上流の人間だと知れるその男は、最初からぴりぴりした剣呑なものを纏って高耶の前に現れた。 酒を扱う場所柄、問題を起す酔客は珍しくはないし、 絡まれた場合の対処もそれ相応に教わってはいる。 が、大抵はそうなる前に如才のない主がうまくなだめてしまうから、高耶はこれまで騒ぎらしい騒ぎをみたことがない。 もっとも此処は場末の酒場ではなく、国内有数のホテルに出店しているラウンジなのだから、それが当然なのかもしれなかったが。 むしろ、場違いなのは自分の方だと高耶は思う。 そもそもこんなきらびやかな世界を、覗き見たいとも成り上がりたいとも願ったことはない。 たまたま破格の時給を提示されて引き抜かれた先が此処だっただけの話だ。 怪我を負ったスタッフが復帰するまでの間の代替要員で、 自分が一番の下っ端であることも自明であったから、 できるだけ客の前には立たずカウンターの隅でひっそり雑用めいた仕事をしていたのに。 そんな自分を狙ったように、男の眼が追ってきた。 毛色の変わったものに対して品定めでもするような不躾な視線。感情の読めない蛇のような底冷えのする眼光。 それが容易に悪意にすり替わる瞬間を高耶は知っている。それこそ、昔、嫌と言うほど経験してきたことだったからだ。 明確な理由などない。ただ自分は、ある種の人間にとっては非常に勘に障る存在らしい。理屈でなくそう理解するのに十分なだけの場数は踏んできたし、 おそらくはこの男もその同類なのだろう。 いつもならば因縁をつけられるより先に先手必勝で黙らせもするのだが、まさか相手が客ではそうもいかない。 だから、徹底的に無視することで対抗した。 男の執拗な注視はその後も暫く続いたけれど、やんわりと主が割ってはいったことでそれも熄んだ。 まるで旧知の間柄のように、主と男は楽しげに会話する。 血相を変えた第三者が闖入するまで。 名残惜しげに男は立ち、主はそれを慇懃に見送った。 礼儀上、高耶も初めて真正面から男を見つめ、会釈を送る。 これでもう、二度と顔を合わせることもないのだろうと、内心でそんなことを思いながら。 思惑は大きく外れた。 その男は数日後にまた姿を見せ、瞬く間に常連といってもいいほどに通い詰めるようになったのだ。 人当たりのよい、申し分のない上客だった。 初回とは打って変わった穏やかさで主との会話を愉しみ、酒を愉しみ、高耶の供するプレートの出来を褒める。 その言葉には確かに心がこもっていたから、高耶も頭を下げてその賛辞に礼は返す。 だけど、それだけだ。 仲間内からは依怙地だと笑われるけれど、誰もが好感を寄せるこの完璧な青年紳士を、自分はどうも信じきれない。 最初のあの眼差し。 まるで路傍に転がる石でも見るように、向けられたあの視線。 あれこそが男の本性だと思うのだ。おそらく、この男に人間らしい情はない。 そしてそんな種類の人間を、高耶はもっとも忌避していた。 |