「ホームパーティのケータリングですか?それをオレに?」 戸惑いを隠せない声で高耶が言った。 「ああ主賓は五歳になる女の子でね、そのお嬢さんの誕生会だからケーキや軽食や、まあメインはそっちなんだが。 ソフトドリンクをサービスするのに一人都合してくれないかという先方の依頼なんだ。 ようは、少し大人びた雰囲気もプレゼントのひとつなんだろう。どうだね。引き受けてはくれないか?」 直接上司に話を持ちかけられては嫌だと言えるわけもない。 「本当にオレなんかでよければ…」 躊躇いがちに承諾すれば、主は心底ほっとした様子をみせた。 「ありがたい、頼むよ。仰木君。フードに関してはパティシエと相談するとして、ドリンクはいわば私等の本業だ。 ホームバーがあるお宅である程度の酒類は揃っているということだが、不足はないか、後で確認してみるといい。 依頼者は橘義明氏。姪御さんの誕生祝に自宅にその御一家を招くという趣向だそうだ」 「はい。『橘』さんですね。それでどちらにお伺いすれば…?」 まったく聞き覚えのない名前だった。 もっとも日の浅い新米の身ではこの店の贔屓筋を全て知っているわけではないから、さして不思議にも思わなかった。 だからごく事務的に相手方の連絡先を訊いたのに。 高耶の言葉に、目の前の主は微妙に表情を歪ませ、小さく息をついてその指を組替えた。 「やはり気づいてはいなかったか……」 「え?」 「君から連絡をする必要はないと思うよ。たぶん、一両日中にも向こうからやってくる。そのときにでも打ち合わせるといい」 「?」 それでは、やはり馴染みの客なのだろうか。だがいくら記憶を浚っても、その名に心当たりはない。しきりに首を捻る高耶に、おもむろに色部が告げた。 「これを君に隠しておくのはフェアじゃないから言うが。最近よくいらっしゃる『直江』さん。実は、彼が『橘義明』氏なんだ…」 「!!!」 ……一瞬、頭が真っ白になった。 別に高耶を名指しされたわけではないと、淡々と色部は言った。 ただし、そのパーティの条件を鑑みて公平に人選にあたれば適任は高耶ということになる。それぐらいの計算はあっただろうとも。 つまるところ、彼は私に下駄を預けたんだな。自分が信頼に足る人間かどうか。 最初から――君に向けていた興味を私に覚られたのを知っているから。 君もそうだろう? 確かに君に対する最初の彼のあの態度はひどく無礼だった。 まだ彼を避けたい気持ちも解らないではないけれど。 どうだろう?そろそろ真面目に向き合ってみては? これは私の判断だが。彼は君の嫌うほど悪い人物ではないと思うよ。 尊敬も信頼もしている上司に、そう、諄々と諭されてから数日後。 彼が、やってきた。 いつものようにそ知らぬふりで高耶は仕事に専念する。 直江は直江で色部の供するカクテルを愉しみ、なごやかに言葉を交わしている。 その彼に運ぶ一皿が仕上がって背筋を伸ばしたそのとたんに、丁度こちらを向いた二人と目が合った。 にこやかに微笑まれて手招きまでされて。 高耶は腹を括ってふたりの側へと近づいた。 「いらっしゃいませ」 軽く頭を下げ、皿を置く。 いつもなら、自分の役目はそれでお終い。伏目がちのまますぐに引き下がるのだが。 「我儘な頼みをあなたが引き受けてくださってそうですね。ありがとう。仰木さん」 間髪入れずに話し掛けられて、仕方なく高耶は目線を上げ、その端正な貌と初めて間近に向き合った。 「いえ、仕事ですから……」 「それでも嬉しいです。ありがとう」 うわべだけではない、まるで心から感謝しているような声音、真率な眼差しで言われて。 今まで抱えてきた印象との、あまりの落差に調子が狂った。 「あ、あのっ……よろしければ、当日お届けするものについてお伺いしたいのですがっ。その、何か特別にご要望があれば承りますっ」 緊張も露わな切り口上の高耶の問いに、ひとつひとつ考えながら、男は丁寧に答えてくれて、 まずは良好な滑り出しで関門をひとつ突破した気でいた高耶だったが、直江との打ち合わせはこれだけでは済まなかった。 誕生祝のケーキを一任された職人気質のパティシエは、この程度の拙い情報収集では満足しなかったのだ。 その彼にせっつかれ、客として足を運ぶ直江に二度三度と質問と確認を繰り返す日々が過ぎて――― やがて、パーティの当日がやってきた。 |