羽衣
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自分の留守中の高耶のことを、直江はくどいほど宿の亭主に頼んでいたし充分な金子も預けていったから、 高耶がその居心地のいい一室を引き払ったのはまったくの独断によるものだった。
突然の嵐で街道の橋が流れ宿が満杯になった夜、難儀していた親子連れを見かねて、自分の部屋を譲ったのだ。
当然亭主は反対した。 が、結局、自分は一人身で身軽だし親しくなった住み込みの使用人たちと雑魚寝させてもらえばいいからと言い張る高耶に押し切られる格好になった。
何度も礼を言うその親子に少し待ってもらって、手早く自分の荷物をまとめ部屋を出る。 食事はもう済ませていたからそのまま裏部屋へ行こうとしたのを、待ち構えていた亭主に呼び止められた。 傍には下働きの通いの少女が控えていて、再び部屋が空くまでの間、この少女の家に移ってはいかがかという申し出だった。
亭主が言うには、少女は祖母と二人暮らし、古くて手狭な住居だが一応は独立した小部屋とベッドがあるという。 もちろんリネンや食材は宿屋と同じ上等なものを運ばせるし、女手があるから身の回りの世話も行き届く。 病後でもある身には日がな一日を湿気った裏部屋や人の出入りの激しい談話室で過ごすよりは よほど落ち着けるのではないだろうかと真摯に訴えられて、高耶は少し考えた。
確かにその通りだとは思う。 けれど、宿屋でもない家に見ず知らずの他人がいきなり押しかけるのも迷惑なことだ。どうしたものかと 迷う高耶に、亭主は思いつめた表情でさらに続けた。
橋の修理にはしばらく掛かる。当然、宿や酒場には足止めされて苛立つ旅人が溢れることになる。 中には昼から飲んだくれるものもいるだろうし、喧嘩っ早い連中も多いだろう。 自室のなくなった高耶がこのまま宿の談話室で長い時間を過ごすようになれば、いずれ必ず厄介事に巻き込まれる羽目になる。
庇護者である直江が不在である今、面倒を避ける意味でも目立たない民家に移るほうがよいと、 そう、亭主は力説した。
それほど高耶の風貌は人目を惹くのだと。
亭主の懸念はもっともで、覚えがないこともなかったから、高耶も頷かざるをえなかった。
解りましたと応え、お世話になりますと改めて少女に向かって頭を下げる。
宿屋随一の上客から丁寧な挨拶を受けて、少女もまた赤くなりながらこめつきバッタのようにお辞儀を返す。 放っておけば際限なく続きそうな応酬に亭主が割って入って、やがて二人はそっと裏口から闇に紛れた。




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ほとんど進まないまま、いったんup(--)
こりゃ山のないこと確定だなと思いつつ、もうちょいだらだら続きます。。。





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