羽衣
-5-




流された橋の修理が終わった。 足止めが解消された後も、高耶は戻ってほしいという亭主の懇願を振り切ってそのままユキの家に逗留を続けた。
それほどに心地よかったのだ。その家庭的な雰囲気にもっと浸っていたかった。
毎朝、溌剌としてユキは宿屋に出掛ける。
残る媼も片づけが済めばいそいそと織り機に向かう。織ることでまた別の記憶が呼び覚まされるのだろう、正確に杼を操りながら、 訥々と、今までとは別の話をしてくれる。 以前直江が話してくれた此の地に伝わる伝説や、希少な天然の繭玉のこと、山中に祀られた祠にお参りした娘時代の思い出などを。
単調で規則正しい機の音と、媼の声音。
たゆたうような響きを子守唄にして、いつしか高耶はうとうとまどろむ。
まなうらに広がるのは媼の語る物語そのものの世界。
遠く垣間見えるきらびやかな貴人たち。さざめく同胞。 見事な白髭を蓄えた敬愛する司の尊顔。
或いはまた深閑とした森の奥の木下闇。 眼下に見下ろす祠ににぎやかな声が近づく。現れたのは初々しい数人の少女たち。皆、織物の上達を願ってこの社に願掛けに来たのだ。 その中の一人に確かに媼の面影をみた気がした。
鳥の視線を得たように、場面が次々切り変わる。
光、影、弾ける笑い、真摯な祈り―――様々な感情が交錯し高耶の中に流れ込む。
時に涙し、時に微笑み、荒ぶる怒りに拳突き上げ叫ぼうとして―――かっと目を目開けば、飛び込んでくるのは横たわっていた寝椅子の織り地。
媼の語りはまだ続いていて、ああそうかと高耶はやけに生々しかった夢のからくりを知る。
強張った身体から力を抜きひそかに息を吐きながら。耳から拾った情景を無意識に組上げていたのだと。
そうして一度目覚めてしまえば、媼と過ごす時間はまた陽だまりの中にいるように穏やかだった。

生々しい夢は、夜にも訪れた。
昼間はあまり意識に上ることのない直江の姿で。
夢の中の直江は、酒場で仲間と群れるでなく一人部屋にこもっていることが多かった。
しばらく背後にひっそり佇んでいた高耶に不意に気づいて、ひどく驚く。 鳩が豆鉄砲を食らったような、彼らしからぬ表情が可笑しくて、高耶はくすくす笑いを洩らす。
が、直江の貌はすぐに厳しく引き締まって恐ろしいほど真剣なものになる。
いつもの高耶ならその迫力に呑まれて竦んでしまうのだけれど、でも、これは夢だから。
問い質そうとするのにも頓着せず、するすると近づいて自分から直江の首に腕を絡めた。
間近に感じる直江の体温。直江の匂い。
鼻先を押し付けて深く息を吸い込めば急に愛おしさがこみあげてきて、たまらなくなる。
おまえが好き。愛してる。
普段は面と向かって切り出せない言葉も、今はすんなりと口に出来る。だってこれは夢なんだから。 自分の思う通りにして平気。
再び驚きに固まった男に、 囁いて頬ずりして唇に触れて―――強く抱きしめ返された。
眩暈のような感覚がしてぐらりと視界が反転する。寝台に倒されたのだと理解するのに、一瞬の間。
後はもう、幾つもの夜がそうだったように、深くてあまい、蜜のような快楽だけを覚えている。





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直江さんだけがやけにおいしい…(笑)
きっと離れていたせいね(おい)






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