羽衣
-8-




「直江……、龍珠だ……」

急に青ざめてしまった高耶にうろたえあれこれ世話を焼こうとする亭主を氷の一瞥で黙らせて、直江は彼を抱えるようにして部屋へと上がった。
二人きりになってはじめて、高耶は囁くように打ち明ける。それまで隠すように握りしめていた掌をゆっくり開いてみせながら。
「これが…?」
まじまじと見入った直江にとっても意外のことだった。
高耶の掌にある石は、自分の見知ってるものとは似ても似つかない、 せいぜいが磨いて子どもの玩具に与えるような粗末なさざれ石にしか見えなかったから。
「たぶんほとんどの力を失っているんだと思う。本来なら神殿とか祠とかに納められているはずなのに。 ……きっと長いことさすらっていたんだろうな……」
まるで自分の過去と重ねるように。同胞をいたわるような優しい眼差しで見つめ、そっと指先で触れる。 くすんだ色の石がその時だけきらりと輝きを放ったようにみえた。
「……御守袋かなんかに入れてずっと持っているようにするよ。そうすれば……」
「あなたの気を、分けてあげられる?」
言葉を引き取って続けると、高耶はこくんと頷いた。
「もっといい方法もあるでしょうに」
わざと意地悪く言い放ったのは高耶と石との繋がりに妬けた所為。案の定、思わせぶりな言葉に高耶は真っ赤になって首を振る。
「それは、ダメ」
「……そうですね。もちろんダメです。あなたの中を知るのは私だけで充分だ」
同意が返されるとは思っていなかったのだろう驚いたように顔を上げる高耶に、直江は悪戯っぽく口の端を吊り上げてみせた。
「私があなたにどれほど焦がれているか、解ってる?逢いたい一心で帰ってくればあなたはいないし、まさか迎えにいった出先でだきしめることもできないし。 おまけに此処の亭主は邪魔するみたいにあなたと話し込んでなかなか放してくれないし、やっと二人きりになれたと思ったとたんに突然出てきた龍珠にあなたの関心を持ってかれるし。いい加減、限界です。 珠のことは後でいい。今はあなたを感じさせて」
狂おしく囁かれるのと同時に降ってくるのは忙しないくちづけと力強い抱擁。今度は高耶も抗わない。 片手に龍珠を包んだまま素直に寝台に攫われていって、その後は、何度も見た夢の続きをなぞるようだった。


たとえようもなく甘美な時間。
上りつめて、爆ぜて、失墜して。
喘いで、叫んで、身悶えて。 疲れきった高耶はとろとろと眠りに落ちかかる。
その髪を優しく梳きながら、直江もまた幸福な余韻に浸っている。
彼の黒髪が触れそうなほどの位置に、例の龍珠。
いつのまにか高耶の手を離れ褥に転がったのを、枕元に置いたのだ。
愛しい人を取り戻して一度飢えが満たされてしまえば、もう先程のような妬心はない。 己を取り戻して、じっくりと考える。
捜し人が高耶なら、案外すんなりと珠の行方を辿れるかもしれない―――あの時、そう、譲は言っていた。
まさにその通りになった。
思えば高耶がこの地で体調を崩したことさえも運命ではなかったかと思えるほどに。
直江との別離、予期せぬ嵐と川の氾濫、そして高耶が部屋を譲った旅人との遭遇、その心根。 導かれるように数々の偶然が重なって、今、失われた龍珠のひとつが此処に在る。どれが欠けても高耶の手に渡ることはなかったろう、その不思議な運命の連鎖。
しみじみ感慨に耽っていて、ふと、腕の中の高耶が身じろぐのに気がついた。
右手をぱたぱた動かして何かを探っている。目を閉じたまま不安そうに眉根を寄せて。眠りながら零れた珠を捜しているのだ。
「ほら、ここに」
改めて掌に戻してやると、きゅっと握ってその拳を口元に持っていった。
その表情がみるみる和らいだものなっていく。安心しきった子どもみたいに。
きっと、今、眠りの中で高耶は無上の安寧に包まれている。
そんな高耶を腕に囲い見守っていられることが、直江にとっても無上の喜びだった。




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直江さん、根性で流れを引き戻したね…(笑)







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