花喰い
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昼は変わらず庭仕事に精をだし、 月の輝く夜は主の傍に侍る。 それが直江の新しい習慣になった。
月影を存分に浴びて主はますます臈たけて美しくなるように思えた。
ともに過ごす時間が増えるにつれて直江の心持ちも、少し、変わった。
初めて逢った時から抱き続けていた一途な信仰にも似た心酔とはまた別の何か。
いつも閉ざされているこの瞼を上げ、自分の姿をその瞳に映してくれたら。 一言でいい。この唇が自分の名を紡いでくれたら。
月明かりの中、主の貌を間近でみつめながら、つい夢想してしまう。
もしもそれが叶ったら、どんなにか幸せだろうと。
腕の中に支えている主を、仕えるべき主人としてでなく、一人の想い人として見つめ自分の願望を重ねている。
そんな自分の感情に気づいた時、直江はひどくうろたえた。
近侍の自分が主に懸想するなど、あってはならぬことだと思った。
それでも一度自覚してしまえば、この想いは打ち消しようがなく、むしろ奔流のような勢いで若い心を埋め尽くす。
惑い、煩悶し、神聖なものを汚してしまったような後ろめたさに怯えながら、それでも、主に対する義務はなおざりにはできない。
花を育て、摘み、主に届け、傍に侍る。
向き合うたびに突き刺さる、背反の甘美な痛み。自ら望んであまく痺れる蜜壺に溺れる羽虫のような。
そうして惑乱する心は、やがてひとつの諦念にいたる。
このまま、何ひとつ変わらぬままでいいのだと。
この人を想い続けたまま、変わらず仕え続けようと。
愛しく想う人の傍近く、他の誰にも見せず触れさせずその生命を繋ぐことを自分だけが独占できるのなら、 それはもう、どのような言葉の括りであってもかまわないのだと。


また少し季節が巡り、 奥庭の桜がはらはらと花びらを散らす。
単衣越しの主の肌は温かくも冷たくもなく、支える直江の体温に同化する。
主に降りかかる花びらのなんと美しいことか。まるで主の吐息がそのまま形になったよう。
決して紡がぬ言の葉の化身となって主と自分とに降りかかるようだった。
桜の次にはいよいよ爛漫の春がやってくる。冬を耐えた草花がここぞとばかりに一斉に花開く季節に。
明日には、鬱金香を折り取って届けよう。両の手に抱えきれないほどの花束にして。
そう、思った。




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即席。ほやほや。寝かすたびにたぶん量が増えるんじゃないかと(おい)





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